ドキピーアニメ館

なかったことになんか、しないで

神宮寺レンとキスをした。
風の強い日で、空は何もかも吸い込んでしまいそうな青だった。
気温は午前中から25度を超えていて、制服のシャツが肌にはりつくのが気持ち悪い。
いつもみたいにレンは取り巻きを従えて登校してくるところだった。
濃紺のポロシャツのボタンは2つとも外されていて、綺麗なラインの鎖骨が少し覗いている。
ほどよくくびれた腰から伸びる長い足まで全てが完璧なスタイルだ。
少し遠めから見てもすぐにレンだと分かってしまう。
今日は肩までの長い橙色の髪をいつも左手首につけている髪ゴムで結っていて、それがまたの心臓をきゅっとさせた。
こんな風に胸を痛めるのは誰がどう考えても恋だというだろう。
はレンとその周りにいる女子生徒達を早足でやり過ごそうとした。
のだが、思いがけず声をかけられてしまい足を止める。


ちゃん!おはよ」


まさかレンから挨拶されるとは思わず、返答するのに数秒の間が空いてしまった。


「昨日は楽しかったね」
「は?昨日?なんのことだっけ」


にっこり笑顔でそれだけ言ってその場を後にする。
案の定取り巻きが、昨日はあの子とデートしたの?今日は私とデートして!なんて声が聞こえてきた。
レンにとって毎日誰かとデートするのは茶飯事なのだ。


、昨日どこ行ってたの?なかなか部屋に戻ってこないから心配してたんだよ」


先に教室に着いていた同室で親友であるが心配そうに顔を覗き込んできた。
なかなか布団から出てこないに声を掛けてくれていたのだが、先に行ってくれとお願いしたのだ。


「ごめんね、色々あって」
「昨日も遅かったのかよ。レンのやつもなかなか戻らないって聖川が言ってたぞ」


来栖翔が白のお気に入りらしいハットを被り直しつつの隣の席につきながら言った。


、まさか昨日神宮寺くんといたの?」


ぼーっとしていると見せかけてこういう事には察しの良いが正解を言い当てる。
それを受けた翔が大袈裟に身を乗り出してきた。


「え!!まじかよ!レンだぞ?18禁が服着て歩いてるような男だぞ??」
「いや、2人共、別に私そうだよって言ってないからね」
「そうさ、誤解だよ。俺は昨日ちゃんと一緒じゃなかったよ」


いつの間にか到着していたらしいレンがの肩にぽんと手を置いてから、隣の席に着席する。


「なんだー」
「なーんだ」


レンの否定に翔とがつまらなさそうに唇を尖らせた。
ちらり、とレンを盗み見れば澄ました顔をしている始末だ。
何もなかった、とレンに言われると腹が立つ。
まるでさっきのお返しだと言わんばかりじゃないか。


昨日はたまたまレンにばったりと出くわしたのだ。
放課後、レコーディングルームから出ると向かいのレコーディングルームから丁度レンが出てきた。


「お疲れ。ちゃんこれから帰るとこ?」
「うん。レンは?今からデート?」
「の、はずだったんだけどね。残念ながら流れちゃったんだ」
「そっかーそれは残念だねー」
「おいおい、その棒読みは何だよ。冷たいじゃないか。ちゃんがこの後予定ないなら誘いたいんだけどな」


流れるような慣れた動作であっという間に壁際に背をつけさせられてしまう。
所謂、壁どん的な体勢だ。


「だめ?」


近づく顔が耳元に寄せられて、レンの低くて深い声がささやかれる。
正直、倒れてしまいそうだった。
気軽にレンと話せるような関係性でも、いつでも心臓はうるさいくらいにドキドキしていたし、自分はレンが好きなんだと随分前から認めてはいた。
そこからレンと一緒に夕飯を食べて、卒業後の話しとか、聖川の愚痴とか、そんなとりとめのない話をして帰ろうかという時だった。
まさか自分が帰りたくないような顔をしてしまっているとは思わなかった。
そういう事に敏感なレンには直ぐに悟られてしまったのだ。
あっという間にレンの腕の中に気づいたらいて、顎を持ち上げられたかと思ったら唇が重ねられていた。
そこからは自分からレンの首に腕を回して、もっとして欲しいと強請るようにレンの唇にキスをした。


思い出すだけでやってしまった感が否めない。
夏の所為もあって身体が熱いような気もするけれど、きっとそれだけじゃない。
ひっそりと想っているだけにしようと思っていたのに。
そもそも恋愛禁止だし、下手に気持ちを緩めたらきっと辛くなる。
レンにしてみたら何てことない事だろう。
それが余計に腹立たしかった。


「やあ、今日はすぐ帰るのかな?」


教室から出るとレンがにっこり笑顔でを待っていた。
そして思いがけない台詞を口にしてきた。

「なかったことになんかさせないよ」
「それはこっちの台詞なんだけど!」
「先になかったことにしたのはそっちじゃないか」
「私はいいの!レンはダメ!」


レンが呆れたような顔をしている。
自分でも何を言ってるか分からないけれど、レンがそこにいることがどうしようもなく嬉しかった。


「我儘なレディだな。ちゃんは」
「仕方ないから今日も付き合ってあげる」


レンの腕を掴んで歩き出した。
誰にも本気にならないレンを好きになるなんて、どうかしていると思うけれど、今はただ側にいたい。
なかったことになんて、しない。




2016/5/4 18号
お題:http://chu.futene.net/31d/i/natu.html