芽を出した気持ち
「レンくんのお母さんってアイドルの神宮寺蓮華でしょう!?」
早乙女学園に入学して半年が経とうとした夏を予感させるようなある日、ビターチョコレート色のボブヘアーの女生徒に呼び止められた。
キラキラと瞳を輝かせながらじっと見つめてくる。
あまりに唐突だったし、その名前を聞くのも久しぶりで、普段通りの自分なりの女生徒への対応ができずに固まってしまった。
「私、神宮寺蓮華の曲大好きで、ちょー可愛いかったし、歌声も天使みたいだったし」
しかし、そんな事はお構いなしといった感じで彼女はそのまま自分がいかに神宮寺蓮華が好きかを喋りだした。
母親は、自分を産んですぐに亡くなってしまった。
だから母親のアイドル時代のことは自宅に保管されていたCDやビデオでしか知らない。
そして幼少期に母親のビデオを見て歌が好きになり、密かにアイドルになりたいと思ったりもしていた。
「あっ、もしかしてレンくんが早乙女学園にいるのは蓮華さんの影響なの!?」
「……それは違うよ。レディ」
本当は、そうだったはずだけれど、今はもうそんな純粋な気持ちはなくなってしまった。
自分が歌っても褒めてくれる人なんて家の中には誰もいなかったし、次第にアイドルへの憧れは薄れていってしまったのだ。
「この学園に来たのは兄貴の命令でね。オレを神宮寺財閥の広告塔にする為なのさ」
だから真面目に学園で学ぶ気なんて全くない。
そういえば課題の作詞の提出期限は明日までだった。
今度提出期限が遅れたら退学だと担任のリューヤさんが言っていたけれど、そうなったらそうなったで別にいい。
望んでこんなところに来たわけではないのだ。
「でもレンくん絶対にアイドルになるべきだよ。この間のレコーディング実習見学させてもらったんだけど、なんていうか存在感が他の人と違うっていうか…やっぱり産まれもったものが違うね!」
背伸びするみたいにぐいっと距離を縮められて力説される。
身長は小さい方だ。一生懸命背伸びしている様が可愛いらしい。
びっくりはしたが、褒められて嫌な気はしないし思わず笑ってしまった。
「レディはAクラスかな?名前は?」
「あ、そうだよね。自己紹介してないのにいきなりごめんね。Aクラスのです」
小首を傾げてにっこり微笑んで右手を差し出されたので、右手を握り返してからぐっと自分の方へ引き寄せ、耳元へ唇を寄せた。
「ありがとう」
低く囁くと、彼女は慌てたように手を離して逃げてまった。
耳を押さえて顔を赤くしている。
「いやぁ……レンくん年上をからかうもんじゃないよ」
年上?一瞬耳を疑ってしまった。
小柄な身長、どちらかといえば幼い顔立ちだし、年上には全く見えない。
「私、24歳」
24でこんな制服着るのも正直どうかなって感じだけど、と彼女は続けた。
「見えないな……てっきり年下かと思ったよ」
「えっ!?嬉しー!ありがと!」
いえーい、と喜んで見せる彼女は可愛らしい。
もう少しこの人と話がしてみたいと思っていると、聞き慣れた声が彼女の名前を呼んだ。
「さん。そろそろレコーディングルームの空く時間です」
「あ、マサやん!もうそんな時間!?」
「聖川……と仲良いの?」
「え?そうだね。普通に仲良し…かな。じゃあレンくん、」
またね、と言おうとしたであろう彼女を再び抱き寄せて、頬にちゅっとキスをした。
聖川がそれを遠目に見てつかつかと歩み寄ってくる。
「神宮寺、やめないか」
眉根を寄せて聖川がまっすぐ睨みつけてくるので、思わず笑ってしまった。
どうしてか聖川が絡んでくるとふつふつと湧き上がる苛立ちが抑えられなくなる。
聖川は自分にはどうやったって持てないものを持っていたのに、それをあっさり捨ててこの学園に来た。
それがどうしても許せない。
「なんでそんな事を言われないといけないんだい?聖川」
「誰彼構わずそういう事をする貴様が気にくわん」
「へぇ~奇遇。オレも気にくわないよ」
「あのー……仲悪いんだ、ね?」
オレ達の間にちょこんと小さく挟まれてしまった彼女が遠慮がちに口を開いた。
「すみませんさん。こんな奴放っっておいていきましょう」
「ちゃん。今度はもっとゆっくり話をしようじゃないか」
彼女の手を握ったまま微笑むと、もちろん。と返事をしてくれた。
それに聖川が嫌そうな顔をしたのを見逃さない。
少なくとも聖川は彼女のことを悪くは思っていないのだろう。
それならやり甲斐ももっと出てくる。
「あっ!ていうかさっきの頬っぺにちゅーとかそういうの!年上をからかわないでね!」
手を振りながら抗議の言葉を言ってくるけれど、やっぱり笑顔で可愛らしかった。
母親の話をされて、心の中に押し込めていた気持ちを少し思い出してしまった。
あまり思い出したくはない気持ちだったのは間違いない。
ため息を吐いて歩みを進めると、数名の授業を終えた女生徒たちに囲まれてしまった。
今日はとりあえずこの中からひとり選んでデートすることにしよう。
思い出してしまった気持ちを少しでも忘れる為に。
2016/5/21 18号