ドキピー

想いが弾ける刹那に

携帯が鳴るたびにドキリとしてしまう。
眠りが深いから寝ていると気付けないという理由と、連絡はすぐにチェックできるようにしておきたいという理由で音量はいつも割と大きめ。
音が鳴るたびに心臓が飛び跳ねる。
まさか…っていうドキドキと、チェックしたときの、そうだよね…というガッカリ感。
なんだかちょっと上の空、最近。



勢いだけであの人にLINEのIDを渡してからもう何日くらい経つんだろう、特に連絡はない。
来ないだろうとは思っていたけど、やっぱり来ないんだ…と、それに偶然道端で会うなんて、忙しいに違いないのだからよく考えればそうそうあるわけないし、この間ばったり会ったのが偶然だったんだ。
自分で自分を追い込んでしまった気がする。
毎日携帯を握っていたら、翔くんが、自分がCMしているホットアイマスクをわざわざ買ってきてくれた。


「はぁ、あったかい…最近目がガサガサする気がするの」
「ブルーライトは疲れるよ。さ最近夜中も携帯見てるだろ」
「うん…なんとなく」


アイマスクを外しふと目線を上げたら、テーブルの上には自分が買ってきた炭酸水。
あの人がCMキャラクターをしているブランドのだ。
ため息が出る。
今わたしはアイススケートが題材となっているアニメのオープニング曲をiTunesStoreで購入して、翔くんがいないときにはずっと聴いている。
伸びやかな英語詞に聴き入って、息をするのも忘れそうになる。
なんだか、だめな人間になってしまったな。
冷めてゆくアイマスクをゴミ箱に放り投げた。


「翔くん」
「うん?」
「相葉っちゃんの話聞いた?」
「聞いた!ちゃんと会った話だろ、森田くんとご飯してて」
「続きがあるんだよー!あれから相葉っちゃんは、とデートしたのです」
「え、デート?」
「暇つぶしにってお茶に誘われたんだって~」
「それはデートではないな…苦労するね、相葉ちゃんは」


仕事をしながら話していた翔くんがこちらを振り向く。
いつもと変わらない。
変わらないから、いつもと違う気持ちの自分が変だと思う。
これまでも「この俳優さんかっこいい」「素敵」とかそういうささやかなのはあった。
だけど何だかこの気持ちはこれまでより高まっている。
だからこそ、なんだかとても悪いことをしている気分になる。


「でも、相葉っちゃんのことをわたしは応援したいもん」
「仲良いね、相変わらず」
「当たり前だよ、双子だもん。やっぱり彼女がいてほしいの」
「双子ではないけどもっともだね」
「だって…いろんな子と、都合のいいときにエッチなことするんでしょ?好きな子とした方が気持ちいいんじゃないの?男の人ってそんなことないの?」


翔くんが口に含んだコーヒーを吹き出した。


「二人はどこまでの会話をしてるんだよ、そんなこと俺も聞いてないよ」
「そうなの?じゃあないしょ!男女の友情!」
「友情ねぇ…俺とは最近ご無沙汰なのに」
「あ、やだ、ねぇこないだしたよ、ご無沙汰じゃないよ」
「好きな子とは、俺はいつでもしたいよ」


愛されているっていう確認をしたかったのかもしれない。
翔くんとするのわたしも好きだよって思ったら、なんだか涙が出てしまって、わたしはめそめそ泣き出して、翔くんは「俺なんか悪いことした!?なんで!?」ってテンパって、ただわたしはしばらく泣いて泣き疲れて気づいたら子供みたいに眠ってしまった。
目を覚ましたら体に毛布がかけてあって、ぬいぐるみが頭のところにいた。
翔くんはさっきと変わらない体勢で仕事を再開していたけれど、時計は夜中の3時を指していた。
わたしはそのままもう一度眠った、ソファの上で。




またあの人の出ている新しいCMを見た。
いつ旬が過ぎるのかわからない芸能界では忙しいのは何よりなんだろうと思うし、たくさん目にする機会があるのは嬉しいので、つくづくわたしってただのミーハーなファンだなと思う。
連日遭遇した方がめずらしかったんだ、本当にそう。
それにしても、男の人に連絡先を渡して連絡が来ないなんて生まれて初めてなので、少ししんどくてだいぶ参ってしまった。
CMとかテレビで顔を見るたびに胸が痛むんだもの。


「あ」


とても胸が、痛むんだもの。
目が合って歩みを止めた。
なんとも言えない表情を彼は浮かべ、わたしに聞こえるくらいの声をかけてくれた。


「奇遇ですね」
「あの…これは運命でしょうか」
「運命ってそんな簡単に感じられます?」


ぽやっとしたわたしの返答に、少し表情を崩して彼は笑う。
突然のことだったのでわたしはすごく動揺してしまったけれど、彼の方にはまったくそんな様子はなくなって、なんだか余裕に見えた。


「すみません、いただいたLINEのメモ洗濯してしまって、IDはわからなくなりました」
「あの、じゃあーー」
「今日も櫻井くんと一緒じゃないんですね」


少し遮られたのかと思い、パワーダウンしてしまう。


「え、ああ、ごはん食べに…1人だと作りがいがなくて」
「一緒に暮らしてるんですか」
「はい。居候みたいな感じだけど」
「彼女が家で待っててくれるのは嬉しいでしょうね。僕も家族に会いたくなる」


なんとなく手持ち無沙汰な気がしたので横並びで歩き出し、ああ墓穴を掘ってしまったなと思った。
もしかしたら彼の自分の家への気持ちとか、あるいはわたし自身が感じた彼の「家族」という言葉の重みとか、言い表せないような感情が生まれてしまった。
淡い夢を見ていた自分が馬鹿みたいで、ちょっと意気消沈してとぼとぼと背の高い彼の横を歩いた。


「そのスマホのケースかわいいですね」
「え?あ、ポケモンGOの流行りに乗ってピカチュウ」
「いいと思いますよ」


あまりにいきなりで、そんなところに食いつくとは思っていなくて、両手でスマホを握りしめる。
彼からは特にそれ以上なく、何を話そうかものすごく迷ってからようやくわたしは彼の名前を口にした。


「フジオカさん」
「ディーンでいいですよ」
「なんか馴れ馴れしくないですか?」
「お好きなように」


呼んでもいいよと言われるとどう呼べばいいかわからない。
曖昧に笑って、「新しいCM見ました」と告げたら彼も少し笑った。
あんまり嫌な顔はせず、よく笑ってくれるんだなと感じる。


「売れっ子ですね」
「どうでしょう。まぁ、最近はとにかく忙しい」
「忙しいのにこんなとこぶらぶらしてて大丈夫なんですか?」
「僕は食事を終えたのでこれから仕事に戻ります」
「えっ、あ、そうなんですね…」


どうにもニアミスじゃない。
自分のペースで話せなくて、言葉がうまく出てこなくて胸でつかえる。
こんなこと、今までにあっただろうか。
翔くんのことを好きになった時以来かな、すごく久しぶりなんだと思う。
だからどうすればいいのか、どんな風に気持ちを表せばいいのかわからない。


「あの、ディ…フジオカさん、この辺よく来るんですか?こないだもここらへんで会った」
「食べやすい店があります。食材的に」
「連れていってはくれ…ない…?」
「今日はもう行かないと。それに、フォーについて覚えました?」
「…アツアツ、牛肉、ライム、少し」
「なんで片言なんですか。惜しいけど、まだまだかな。じゃあ僕は行きますね」


一度も名前を呼ばれることなく、彼は去っていった。
スマホのピカチュウを褒められるとは思っていなかったけれど、後で知ったのは彼がテレビで生まれ変わったら何になりたいかという質問に対し、ピカチュウと答えていたということだ。
LINEのことを再度言い出せなかったわたしは何を食べればいいのかわからなくなってしまい、うろうろと同じ場所を何度も往復した。
ようやく行きつけのお店にしようと決めて席に着いたとき、握りしめた携帯が震える。
LINEに届いたメッセージは


『good to see you again』


英語だった。
LINEのトークルームには「友だちとして追加されていないユーザーです」という警告文。
まさかと思ってきょろきょろしたけれど、そこに彼がいるわけもなく。
自分に都合よく、今会ったと仮定して意訳するのなら『また会えてよかった』
でもあの人はIDがわからなくなったと言っていたし、SNSでのナンパや、迷惑メールも正直耐えきれないくらい来る。
運ばれてきたサンドイッチに添えられたポテトが冷えてしまうまで、わたしは何をするでもなくそのメッセージをずっと見つめていた。




2016/11/2 6号