ドキピー

ギリギリまで錯覚させて

「これはやっぱり運命ですか」


携帯を握りしめながらわたしが放った言葉は簡単に


「偶然です」

一言で否定されてしまった。
もうちょっと夢が欲しかったなと単純に思う。


「ワンセンテンス…」
「え?」
「フジオカさん、お食事は」
「終わりました。仕事に戻ります」
「あーっ!なんで前回も食事前にここにたどり着けなかったのか本当に悔やみます」
「計ったように食事後に現れますよね」


彼も携帯を片手にしていたから恐らく運命はおろか偶然ですらなく、わたしが合わせていったのだ。
彼には食べられる食材に限りがあるし、好きだと思ったら割と通うというのがわたしの見立て。
たとえ約束していなくても3度目だって遭遇はありえると機会を伺って、LINEの内容がそれっぽい時、タイミングが合う時を狙っていた。
外すこともあったけれど、今日は会えた。
ストーカーみたいかな、わたし。
LINEの内容には特に進展もない。
強いて言うならば未だにいつも終わりは必ず

『god bless』

神のご加護を。
いつどちらがそうしたのかわからないけれど何となく決まりごとのようになって、決まりごとができたのをわたしは密かに喜んでいる。
背筋を伸ばして、姿勢良く彼は歩く。
ディーン・フジオカが歩けば振り向かない人はいないだろうし、ましてや妻帯者なのでわたしなんかといるのをTwitterやらに載せられたら…と思うのだけれど、さすがはMr.完璧、人っ子一人通らない道を彼は選んでいる。


「フジオカさん」
「ディーンでいいですよ」
「…このやり取り、前もした」
「いいんですよ、苗字じゃなくて。距離を詰めたいのか、そうでないのかわからない」
「詰めたくないわけないじゃないですか!でもあくまでも慎重にね」
「あ、詰めたいんだ。前も思ったけど、そういうハッキリしたところはいいですよね」


他意のない「いい」だと感じる。
良いものは良いと言う、海外育ちの気質なだけだ。
よくわかる。
彼の声は翔くんの声と少し違って、なんとなく頭のてっぺんから出ていくみたい。
透き通ったほんの少しだけトーンが高めの男性の声。
思い切り本心をぶちまけたのに、笑い飛ばす彼の神経は、とても太い。
わたしも負けないくらい太い神経を持たないと、この人とはやり合えない。


「仕事に戻るんですよね」
「そろそろ。今は撮影がない日も年末のライブに向けて音楽制作やら何かとあるんです」
「行きますね、ライブ」
「どうも。盛り上げてください。そういえばさんは今はお仕事は?」
「あ…今フリーで仕事してて、どこかに所属はしてなくて」
「そうですか。大変ですよね、自分でやるのって…そうだ中国語使います?LINEの一言目が中国語だったので、面白いなと思って」
「北京語に少しだけ触れた期間が…太古の昔です。フジオカさんだっていう確証がなかったのですごく迷いました。あれは翻訳サイトです」
「でしょうね。ていうか太古の昔ってどれだけ?」


やっぱりどこか変だったのかなと思う。
漢字を使う言葉なのに、彼には理解できてわたしには何も理解できない。
なんだかとても悔しいような、置いて行かれたような気持ち。
元々追いつくことなんてないんだけれど。


「ていうかフジオカさん」
「何でしょう」
「もう一度名前を呼んでもらえますか」
「…さん?」
「やった…前回の分取り戻せた」
「変なこと喜びますね」
「えへ。なんとなく」


ちゃんとか、って呼び捨てにされる日はいつか来るのだろうか。
お互い苦笑いをしたときに、冷たい風が吹いた。
彼が小さくくしゃみをしたので、わたしはすかさず声をかけた。


「Bless you」
「Thank youーーわ、ナチュラルにこのやり取りできる人いるんですね、嬉しいです」
「うふふ」
「今ので何だか楽しくなりました。今日は仕事捗りそうです」
「本当ですか」
「嘘は言いませんよ。じゃあ行きますね」
「いつ連れて行ってくれるんですか、ごはん」
「そのうちに」
「じゃあ翔くんが…櫻井くんが一緒なら連れてってくれます?」
「いいんですか?3人で」
「………良くない」
「そんな顔するもんじゃないです」


2人がいいと、見抜かれているんだろうな。
それじゃあと前回より少し柔らかめに、彼は今日も去っていく。
ディーンと呼んでもいいと言われたけれど、本当はタイミングを失っている。
慎重に、というのはわたしの本心。
でもさんと呼ばれている間に、わたしから距離を縮めるようなことをしていいのだろうか。
胸が痛いのは、このことを誰にも言えないのは、これが恋の感情だから。
携帯にはLINEスタンプで、彼の演じた朝ドラの五代さんバージョン「おおきに」のスタンプがひとつ届いた。
しばらく返信をしなかった。
だって会話を終わりたくない、終わらせない。




2016/11/16 6号