指しゃぶりをやめられない大人
「行ってらっしゃい。がんばってね。そうだこれ持って行って」
「ありがとう。何、ボイスケアのど飴?まずそう」
「加藤シゲにあげて」
「……なんで?」
「なんの面識もないけれど、彼の喉のことをいつもわたし、気にかけてる」
「俺にじゃねーんだ」
翔くんは心底面白そうに、カウントダウンコンサートで会うと思われるNEWS加藤シゲアキの喉についてひとしきり爆笑した。
今年最後に笑った~と言いながら家を出ていく。
今年最後のお見送りを終えたら、なんだか少しさびしくなった。
2017年が終わるということ。
わたしと翔くんには、何の関係の発展もないこと。
いつか部屋の中に残されたわたしに、翔くんは「結婚しよう」って言うのだろうか。
もうきっと今日は夜中か朝方まで帰らないから、わたしは支度をしたら実家に帰ろうと思っている。
たまには実家でお正月過ごさないと、父親がさびしがる。
そんなに遠くでもないから、逆に家出娘みたいにろくに帰っていない。
「あっ!やだ」
「こっちは?」
「それだめ…やだ、あっ!」
わたしの使用するキャラクターが倒れて悲鳴を上げるのを見届けたたくみくんは、朝翔くんが見せたのと同じくらいの爆笑をした。
手元のコントローラーをわたしはほぼ投げて、そのまま後ろのソファに体も投げる。
格闘ゲームを一緒にやるなんてめずらしくて、お蕎麦はわたしが茹でて一緒に食べたとはいえ、大晦日なのにもはややっていることはお正月だ。
実家に帰る前に聞いてみたら、来ていいよと言われてのこのこたくみくんの家に遊びに来た。
あの人は一昨日から飛行機で、どことはハッキリ言わないけどきっと家族のもとへ帰ったんだと思う。
飛行機でーす、と空港らしき場所の写メが送られてきて返事したら「god bless」とずいぶん久々なワードが届いて、そこからもう返信できていない。
「ちゃん弱くない?ボタン押してるだけでしょ」
「技が出なくて…なんでかなぁ」
「あ、それはそうとそろそろ彼氏の勇姿を見た方がいいんじゃないの」
はっと時計を見たらけっこう深い時間で、ごめんねと言ってから紅白歌合戦にチャンネルを合わせた。
毎年だいたいとテレビを見ながらLINEして、最高に盛り上がるのはカウントダウンコンサートだ。純粋におもしろいから。
何年か前はの家にわたしが泊まりにいって、一緒に紅白を見て年越ししたりもした。
今日もLINEは来ているけどちゃんと返してなくて、ごめんねと心の中で謝っておいた。
テレビの中で、いつもと違う前髪のセットをしてもらった翔くんががんばってダンスしている。
「ジャニーズの彼女って疲れない?」
ふいの質問に、なんとなく顔を上げた。
たくみくんはけっこうな真顔だったので、ついわたしもまじめな顔になったと思う。
「今さらかな?なんか、写真が追いかけてきてもそれもまたかって感じだし、わたしもそんなの載りたくないし。今年はおうち撮られちゃったけど…」
「そっか」
「たくみくんの彼女になるのもたいへんそう」
本当になんとも言えない表情で、たくみくんは苦笑したような、普通に笑ったような、それとも少し顔を歪めたような、うまい表現方法がない顔をした。
なぜだろう、わたしは少し胸が少しぎゅっとした。
赤いりんごが時間をかけて黒くなるようなそんな気持ちになった。
「俺といて大変なのは映画オタクなところくらいだよ」
「わたし、映画観るの好き。お笑いも好き」
「そうだね」
ほたるの光の大合唱がいつの間にか終わって、除夜の鐘がボヤーンと鳴った。
仲良くなってからずっと、たくみくんとの沈黙に困ったことはない。
なかったけれども、鐘の音は静けさに入り込み、初めて耐えられなくなりそうだった。
わたしはたくみくんの腕の中に潜り、その奥深い瞳をいちど見てから拒否の色がないのを確認して、自分からあたたかい唇に、リップクリームを塗り直したばかりの自分の唇を押し当てた。
それを合図にしたようにたくみくんの大きな手はわたしの胸をまさぐり、ジャンパースカートの肩は落とされていた。
息があがり、わたしの甘ったれた声が室内に響いた。
「こうした方が気持ちいい?」
翔くんとは違うやり方で。
たくみくんの指がとても柔らかく動いて、水音と同時に、信じられないくらい大きな快感が訪れてわたしは今度は声を出せないくらいなって足に力が入る。
ただそこがどきどきと動いて、たくみくんの指を何度もきゅっと締めた。
たくみくんはわかってるくせに、
「イッちゃったの?気持ちよかった?」
と低い声で聞いてくる。
そんな声で聞かれるとそれだけでもう1度達しそう。
「は、はじめて、こんなの」
「じゃあ2017年ラストと、2018年初のちゃんは俺がもらいます」
しめやかな除夜の鐘は煩悩の数打ち終わって、新年の大騒ぎが始まっていた。
そうだ、毎年カウントダウンコンサートから帰ってきたら翔くんがいちばんに襲いかかってくるんだ。
2018年はそうじゃない。
もし翔くんがかぶさってきても、そんなそぶりは見せてはダメだ。
秘密を持つのは、本当はとてもいけないこと。
いけないことなのに。
ただ体がとろけそうで、たくみくんの腰に足を巻き付ける。
たくみくんはソファを濡らしたわたしを咎めることなくとても柔らかく微笑んだけれど、まるで神に背いたような、それがわたしの2018年の始まりだった。
2018/1/14 6号