でも、それは友情?
同じ国に半年以上留まらず、転々と動いている人はパーマネントトラベラーと呼ばれるらしい。
あの人は今年に入ってからそう呼ばれないくらいには日本にいるのだろうか。
いるかな、本人から何か聞いてなくても、わたしが知っている限りでも忙しそうだもの。
それでいまは『ノマド俳優』ってわけか。
話を無理に合わせようと対抗するならばわたしも今はいわば自称ノマドワーカー、何にも成功はしていないし自分で自分をマネジメントするのはストレスになるけれど、社会に属して働くよりは向いていると思う。
現にあの人と顔見知りになったビルの企業で働いていた時は、すぐに体調を崩してしまった。
それでもあのビルであの人と知り合った奇跡のタイミングには感謝のみだ。
ネットのあの人のインタビュー記事を閉じ、はぁーと深いため息をついた。
世界を股にかけるだけでもう遠く感じるのに、だめだ、本当に正真正銘の好きだこの気持ち。
相葉ちゃんから、
『ちゃん!俺、やっぱのことが好きだよ!』
と大胆な告白をされて、たとえの彼氏が森田剛だとしてもわたしは相葉ちゃんを応援しているから、それは本人に言った方が絶対に良いよと思ったけれど、実はわたしも「前に話した気になる人のこと、本当に好きになってしまったの」なんて返せなかった。
自分だけ見物気取っててずるいかなと思う。
だってわたしには翔くんがいるし、翔くんのこと、大切に思っているし。
翔くんは最近、いつものレギュラー番組の収録、年末特番、雑誌のインタビューも多くそれに加え、ライブのリハーサルで帰りが遅い。
まだメッセージが既読にならないし、もしかしたら今夜も真夜中まで帰ってこないかも。
あるいは、朝まで帰ってこないかも。
あー暇だ暇だ暇だ…
そんな聞いたようなフレーズが頭に浮かび、いや全然暇ではないんだけれど、頭の中胸の中ではあの人のことを考えるので忙しいので。
ベッドで毛布に一人ぐるぐる巻きになってわたしは携帯を弄る。
もう深夜だ。
こないだ1人で近所の多国籍料理屋にごはんを食べに行ったら、なんということか牛肉のフォーが置いていなくてとても残念に思ったあたり、もう存分にあの人の影響を受けている。
あの人の好みは実際の味ではわからないままだから、あくまでも想像上のあの人の味の好み。
だって、ごはんくらい行きますかと言われてから、急かしてみたところであの人からのアクションは何もない。
あの人もずるい、気がする。
こちらは期待しちゃうじゃない。
それ以上のことなんて求めないのに。
『わたしの解くに値する謎はありませんか』
2日前で止まっていたやり取りを復活させるべく思い切ってわたしはLINEの画面にそう打ち込んだ。
夜中だしどうかなと思ったけれど意外にも既読はすぐついて、返事がめずらしく素早く返ってきた。
『no idea』
残念ながら眼中にはない様子。
あの人は日本語、英語、たまに簡単な北京語を送ってくるようになった。
正直北京語はわかる漢字以外読めないので、翻訳ソフトを通して何となく把握してから日本語で、読めませんけど、と前置きして内容を返すのもお決まりになりつつある。
眠れないのです、自宅ですかと送信したら、自宅で作業中ですとすぐに返ってきた。
ご機嫌も割と良さそうだし、ちょっと相手はしてもらえそう。
でも長くなると面倒くさいと思われてしまう。
どうしよう。
短い時間で、あの人のことをいちばん胸に感じられるのは
『電話してもいいですか』
既読がついて、しばらく間があった。
そもそも断られるのが大前提なのに、どういう神経でそんなことを送ってしまったのか自分でもわからない。
今まで電話なんて願ったこともないし、してくれるわけがない。
しばらく返事はない。
どう柔らかく断るか、言葉を選んでいるのだろう。
『5分だけですよ。そしたら寝てください』
わたしは画面の文字を疑って、だけどすぐに電話のマークをタップした。
すごい時代だ、電話番号を知らなくても電話できるなんて。
呼び出し音は短く、Helloいう声を聞いた。
それだけでも腰が抜けそうなんだけれど、抜かしている場合ではない。
思い切って、何か対抗できるものはないかと言葉を探した。
「ウェーイ?」
スマホの向こうで爆笑された。
「よくそんなの知ってますね」
「え!?そうですか」
「ちょっと予想外に面白かったな。本当に中国語に馴染みあるんですね」
もしかして、褒められているのかしら。
わたしが言ったのはウェイ系なパリピのウェーイではない。
「喂(ウェイ)」というのは北京語で、もしもしということだ。
たまたま知っていて、相手がディーン・フジオカだから通じただけのこと。
電話して声が聞けるなんて思っていなかったことに加え、そんなに笑ってもらえるとは思ってもみなかったので頰が熱くなってしまう。
「いいんですか。僕と電話なんてして」
「フジオカさんこそ…OKしてくれるとは思いませんでした」
「OKって言わないと引っ込まなそうだったので」
見透かされてるなぁと思った。
だけど迷惑はかけないようにしたいのですと、どうやって伝えたらいいんだろう。
「FaceTimeじゃなくて良かったんですか?」
笑いを含んだ彼の声が、耳元で鈴みたいに鳴った。
「えっ?」
「テレビ電話。LINEにもありますよね」
「それすれば、フジオカさんの顔を見れたってこと?」
「どうでしょう。家族とはよくFaceTimeで話しますよ」
「えっ…え…!?なんで…今日は無理…お化粧落としちゃったしパジャマだし」
「別に特に気にはしないですけど。時間が時間だし」
「わたしいま、激しく後悔しています」
「今後の課題かな」
今後の課題?
また電話、してくれるってこと?
期待ばかり膨らんで、もう胸も頭もパンク寸前なのだ。
「大丈夫なんですか、電話。櫻井くんは?」
「まだ帰ってきません」
「遅いんですね」
「いつものことです」
「ま、しょうがない。で、その間に浮気するわけだ、さんは」
「しませんてば!今までもしてないし。…え。この電話、浮気になる?」
「なりません。お互いの名誉のためにね。断じて」
また彼は少し笑った。
声自体に棘がないので、本当に心地よく響く。
直接だろうと、スマホの端末を通そうとそれは変わらない。
「2人、マンネリなんですか」
「なんで?そんなことないです」
「僕に食いついてくるので、そうなのかなって」
「食いつくって…言葉のチョイスめちゃ微妙じゃないですか」
「あはは。僕、マンネリが嫌いなんです。だから常にアジテートですよ。でも、気持ちのギアをニュートラルに保っておくっていうのも時にはすごく大切だと思うかな」
わたしはディーン・フジオカにすごくときめいている。
本当に胸が高鳴って、潰れそうで、苦しい。
顔を思い浮かべればため息も止まらないし、でも、翔くんにもそう感じていた時期があったはず。
ギアをニュートラルに。
彼は間違いなくわたしの好意に気づいていて、それをたぶんちょっとだけからかっているし、翔くんに軌道を修正させようとしているのかなとも感じる。
それって彼のどんな感情?
「そろそろ眠れそうですか?」
「ちょっとドキドキしてて、余計眠れないかも」
「5分って約束ですからね。寝てもらわないと困る」
「寝ます、すぐ寝ます」
「夜更かしすると自律神経にも悪いから」
「わたしのこと心配してくれてる…?」
「一般論かな」
「ですよね」
「うん」
口調が崩れて、すごく嬉しくなった。
「じゃあ、切ります。ありがとうございました」
「あれ、引き際はいいんですね」
「そうしないと嫌われちゃう」
「攻めますねー。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
すごく面白い話をしたわけではない。
でもああ、何だって奇跡だ。
眠りは本当に穏やかで、翔くんがもっと遅くに帰宅した時には、わたしは翔くんの枕を抱きしめて寝ていたらしい。
2016/11/22 6号