先延ばしにしてきた報い
こんなことってあるだろうか。
気持ちが消えたわけじゃないし、私が好きなのは剛くんだ。剛くんしかいない。
そうやってここ最近は自分に言い聞かせている。
言い聞かせているという時点で破綻しているかもしれない。
そう、私は確かに言ってしまったのだ。
「もう疲れた」、と。
よりにもよって、昔少し付き合っていた男に。
あの日以降から雅紀と連絡を取る機会が増えた。
雅紀は基本的なところは少しも変わっていなくて、それはとても分かりやすい。
私をとても気にかけてくれている。
剛くんも言っていた。相葉は優しいって。
だから今雅紀が私を気にかけてくれているのは、元カノが傷ついていて放っておけないからという優しさなのだろう。
勘違いをしてはいけない。
その優しさに甘えすぎるのも良くないと思って、嵐のツアーがはじまったのを機に、少し連絡を控えるようにした。
コンサートがはじまったのだから、私なんかに構っている場合ではない。
でも雅紀は札幌から戻ると『お土産買ってきたから遊ぼう』とLINEしてきた。
その返信を思案すること数分。
『仕事が繁忙期で読めないから会える時連絡するね。』そう返信した。
にも関わらず、マメに連絡をしてくるからびっくりする。
週末には東京ドームが控えているし、その間に仕事が詰まっているはずだ。
のらり、くらり、と誤魔化してきていた週の半ばにから連絡がきた。
『あいばっちゃんと渋谷なうだよ。おいでよ。』
もいるならいいかと思った。
それに正直お土産はほしい。
でも、到着するとはいなくて、LINEで『オジャマ虫は先に退散するね。』と送られていたのに気づいたのは少し後のこと。
雅紀と2人で会うとやっぱり緊張する。
その緊張の正体がなんなのか、気付かないようにする為に避けていたのかもしれない。
私の為に買ってきてくれたお土産は、私が昔から好きだった六花亭のバターサンドだった。
まさかそんな事を覚えているわけないと思っていたのに、雅紀は忘れていなかったらしい。
その瞬間、甘い痛みが胸を襲って苦しくなった。
喉の奥から心臓にかけて息が詰まりそうになる。
いけない。このままではいけない。
あまり続かない会話の沈黙に焦って、話を切り出した。
会社が札幌に新しく事業所を立ち上げるから、札幌に興味ないか聞かれたと話すと、私が札幌に行くのかと驚いた雅紀が私の手をぎゅっと握ってきた。
あまりにそれが自然で一瞬何の気にも留めなかったほどだ。
いやいやいや、何しているの?と言って咎めなければと思うのに、雅紀の手のあたたかさに何も言えなくなった。
あったかい手。とても安心する手。
どうしてこの手を離してしまったんだっけ?
でも駄目だ。ちゃんと言わなければ。
「ちょっと、雅紀?雅紀くーん……どうしたのかな?」
「あのね、会いたかったよ」
平静を装った私の問いかけに、思いもよらない返事が返ってきた。
明らかに私は動揺してしまった。
会いたかった、と確かに言われた。
落ち着け、落ち着け私の心臓。
こんなところ剛くんに見られたら困る。
手を振りほどかなくてはいけないのに、それができない。
雅紀の顔が見れない。きっと私の頬は赤くなっているに違いない。
会いたかった、なんて一体どういうつもりなのだろう。
「変なこと言わないでよ。やだな」
ようやく発した言葉がそれで、雅紀の顔をチラリと見ると不服そうな顔をしていた。
意味がわからない。なんでそんな顔をするのか。
「変なことじゃないでしょ」
「変だよ。雅紀変!絶対変!」
「ぜんっぜん変じゃないから」
「手、離してよ」
「離してほしかったら自分から離しなよ」
嘘でしょ。生意気すぎる。
雅紀は私を無表情のまま見下ろしている。
それはすっかり大人になった雅紀だ。
私はそれを唇を噛んで悔しげに見上げることしかできない。
すると突然パッと手を離された。
「なーんてね。びっくりした?」
そこにはいつものテレビでもよく見るあの笑顔の雅紀がいた。
信じられない。私をおちょくっていたんだ。
むかつくのと同時に少しほっとしている自分がいた。
あんな大人びた表情でいられたら、私はきっと動揺しっぱなしになる。
「……び、っくりなんてもんじゃない」
「赤くなってるの可愛かったからさ」
「は!?なってないから!」
「なってたじゃーん」
「うるさいな!なってません!」
こんな不毛なやり取りも懐かしい。
軽口を叩いている間、私の心臓はものすごくうるさく鳴っていた。
こんな気持ちになってはいけないのに。
私はまだ雅紀と一緒にいたいと思っている。
でももうそんなに時間もないはずだから、雅紀はそろそろ行ってしまうだろう。
ふと、時計を見ようと携帯のホームボタンを押すと何件かLINEが来ていた。
一通はから。確信犯的にいなくなっていたとは……後で抗議の返信をしなければならない。
そしてもう一通の名前に、びくり、としてしまう。
剛くんからだ。『今どこにいる?』という要件のみの短い内容。
『渋谷』とだけすぐに返事をした。
するとまたすぐに、『明治通りまで出て来て』とだけの返事が来た。
有無を言わさないこの感じが剛くんだ。
「ごめん。行かなきゃ」
「あ、俺も行かなきゃだから出る」
「お土産ありがとね」
「ちゃんと食べてね。あ、駅まで行くの?送ろっか」
「大丈夫!!ひとりで大丈夫!」
「……剛くん?」
「ん……そう、ね」
「そっか」
喫茶店から出て、じゃあね、とにっこり微笑んだ。
剛くんから連絡が来てある意味良かった。
あのまま一緒にいたら私も何を口走ってしまうか分からない。
雅紀は別れ際は普通に笑ってくれたからほっとした。
少し背中を見送ってから足早に明治通りまで急ぐ。
剛くんとは二週間会っていない。
呼び出しの理由は何だろう。
私が剛くんを避けたから怒って愛想を尽かされたのかもしれない。
どうしよう。嫌だな。きっと泣いてしまうに違いない。
さっきまで雅紀にドキドキしていたのに、もう今は剛くんのことで頭がいっぱいになっている。
ダメだな、私は。愛想を尽かされても仕方がない。
そう諦めの思考に達したところで、明治通り沿いで剛くんの車を見つけた。
中を覗くと、金髪の剛くんがいて助手席のドアを開けて中に入った。
しばらくの沈黙。
と、何故か剛くんが笑い出した。
「え…!?なんで笑うの!?」
「いや、なんでそんなしんみりしてんのかと思って」
「だって怒ってるでしょ?」
「別に。全然怒ってないけど」
「距離を置きたいって、私言ったよ」
「もう気が済んだ?」
ハンドルに両腕を置いて顎を乗せている剛くんが、相変わらずの目力で私を射抜く。
でも声色はちっとも怒ってなんかいなくって、むしろ優しい。
剛くんはずるい。そんな風にされたら私はもうこれ以上何も言えない。
黙る私を肯定だと捉えたのか、剛くんは車を走らせはじめた。
「相葉といたの?」
「えっ」
「それ、相葉からのお土産でしょ。袋に六花亭って書いてある」
「あ……うん。あ、もいたの」
「へー、ちゃん」
「剛くんとお酒飲めないの良い勝負だから、今度ご飯会参加したいって」
「それ相当飲めないじゃん」
話しながら、にLINEをして一緒にいたことにしてくれと頼んだ。
直前までも確かにいたのだからあながち嘘でもない。
送信したと同時に雅紀からLINEがきた。
『今度うちに遊びにきなよ』
なんてことを送ってくるのだ。信じられない。
思わずチラリと剛くんを見て、正面を向いて運転をしているか確認をしてしまった。
正面を向いてないと困るのだけれど。
とりあえず返事はせずに携帯をしまう。
今日は何だか疲れてしまった。
久しぶりの剛くんの運転は何だか心地良くて、自然にまぶたが閉じてしまう。
でも目を閉じると浮かぶのは雅紀の大人びた表情と、私が大好きだった笑顔。
雅紀のあったかい手の温度までも思い出してしまう。
隣にいるのは剛くんなのに、大好きな剛くんといるのに、こんなことってあるだろうか。
また甘く疼き出した心臓を抑えるように私はコートの襟をぎゅっと握った。
2016/12/1 18号