ドキピー

進みたいの?戻りたいの?

最近わたし、こっそり男の子のマンションに出入りをしている。
少し前から、かなり頻繁に。
何でもない顔をして、ススッとエントランスに忍び込む。


ちゃんいらっしゃい!」


出迎えてくれるのはいつも変わらない笑顔だ。
こちらも自然と笑顔になれる、とても明るい表情。
洗面所で手を洗うなり、さぁさぁと、いつもの指定席に通される。
ふかふかソファに、暖かなブランケット。


「あっ。あいばっちゃん、今日おみやげあるの!北海道のお返し」
「わー!デパ地下!?キッシュ!?豪華だしおいしそう!」
「えへへ。あいばっちゃんの紅白司会決定のおみやげでもあるのです!」
「お気遣いありがとうございます」
「こちらこそなのです。すごいなぁ、がんばってね!見るね!」


そしてテーブルの上にはポテチと、相葉ちゃんがドンッと置いてくれたキンキンに冷えたコーラ。
もうこんな時間だけれど、何しろこれがないと始まらないのだ。


「トイレ平気!?さっそくいっちゃいますか」
「いっちゃおう!最近登場人物多いしみんなバラバラだしもうは頭が追いつかないの」
「あはは!わかるー」


ぱっと画面がついて、わたしたちは急に黙りそれぞれのポテチの袋を手に持って、同じように膝を抱えて食い入るようにテレビを見つめた。
ちょくちょく相葉ちゃんの家に通っては、わたしたちは海外ドラマを楽しむ。
それはゾンビが出てくる「THE WALKING DEAD」…かの有名な人気作品だ。
毎回新しい話がリリースされる度、一緒に鑑賞するのがいつからか定例化されていた。
相葉ちゃんが忙しくて話が遅れることもあるけれど、お互いに我慢して、録画を一緒に見ることに決めている。
実は今日はもう時間が遅く、これを見たらわたしは帰る術をなくしてしまう。
タクシーで帰るにはちょっと遠い。
なので、満を持して初めてのお泊まり会をすることにした。
何か言うかなと思ったら、翔くんは何も言わなかったので拍子抜けだった。
男の子の家でお泊まり会と聞いて怒らないのは、すべて相葉ちゃんとわたしへの信頼の証に違いない。

さて画面の中では今日も人と人が争い、憎み、駆け引きをしてはゾンビに囲まれている。
相葉ちゃんのポテチの手が止まるとき、自然とわたしの手も止まる。
何かシンクロしたみたいに、同じ場面で真剣になる。
おなじみのテーマ曲が流れ、わたしたちはようやく息をはーっと吐いた。


「今日も気になるところで終わったね…」
「そりゃそうだよ!来週も見逃せないよね」
「ダリルはまだかな?」
ちゃんシーズン1からずっとダリル推しだよねー」
「あたりまえだよ!は一途なんだもん」


出てくるキャラのこととか、翔くんにはいくら言ってもうまく伝わらないし。
それに例えば朝起きたら周りがパンデミックに侵されて孤立していたらどうしよう?とか、ゾンビと戦うためにはどの武器がお気に入り?とか…。
この話題はは相葉ちゃんとはほぼ毎回していると思う。
図々しくメイクを落としわたしだけベッドに横になって、今日もいつもと同じ話をしていた。
そんな折、相葉ちゃんの携帯が鳴った。


「出ないの?」
「うん、大丈夫」
「お仕事の電話なら向こうにいってるよ」
「ううん、出なくて平気!」


相葉ちゃんは着信画面の拒否のボタンを押した。


「わかった、女の子でしょ」
「もう全部無視しちゃってるんだー最近」
「そうだよね」
のこと考えてるとそういう子はもういいやって思っちゃって」
「うん」
「着拒にしちゃおうかな…」


言いながらポチポチと携帯の画面を指で叩いた。
わたしがこういう話をする男の子は相葉ちゃんだけ。
きっと相葉ちゃんもそうなんだと思う、翔くんも知らなかったみたいだし。


「俺ね、こないだ…あのお土産渡した日ね。の手ギュってして会いたかったよって言っちゃったんだ」
「えっ大胆!でもはすごくそれはいいことだと思う」
の手冷たくてさ、なかなか離せなくて。顔が赤かった気がしたから、少しからかっちゃった」
「なにしたの?」
「からかった…のかな?あれって。自分でもわからないや。その後剛くんのところに行っちゃった」


そんな顔をしないでほしいと思ったら、ちょっと泣きそうになった。
相葉ちゃんはシンプルな言葉で言えばとても切ない表情をしていて、それより多くは語らないけれど、好きな人が恋人のところに帰ったら悲しいに決まってる。
帰る場所があるってとてもいいことで、だけどそれが悲しい人もいる。
それでも、その人にはそれを壊すことはできない。


「あいばっちゃんは、もしかしたらずーっと何年も、のこと忘れていなかったんだね」
「あっ、翔くんに言わないでね!?」
「うん、言わない」
「ほんとかな…ちゃんは口からオペラだからなぁ」
「翔くん以外には口かたいもん」
「えー!ダメじゃん!」


ふふって2人で笑った。
は森田さんと距離を置くって言ってたけど、その実どうなってるんだろう。
今度はわたしの携帯が鳴る。
最近の流れだと、この時間帯だとだいたいあの人のことが多い。
さっき、今日はウォーキングデッドを見ますと送っておいたのだ。
LINEの画面を開いたら、『次のIQ246も忘れずに』と宣伝じみたことが書いてあった。
ちょっと笑いそうになって『言われなくても見ますし予約録画済み』と素早く返事をした。
…あの人も、帰る場所がある人だ。家族がいるもの。
そう思ったときわたしは切ない顔をしたのだろうか?


「どうしたの?翔くん?」
「あっ、ううん。…お友達…」
「え、もしかして前に言ってた気になる人!?隅に置けないなぁ教えてよー!連絡先交換したの!?」
「ちっ、ちがうの、本当に」
「そうなのー?その人とは何もないの?」
「うん…なんにもないの」
「ほんとー?何かあったら教えてね、相談に乗るからね」


後ろめたいとハッキリとわかるから、わたしは隠している。
相葉ちゃんは何でも話してくれるのにごめんなさいと心の中で謝った。
1人でやっぱりわたしはずるすぎる。
無理やり話題を変えようとしたら、相葉ちゃんの方から気を遣って声をかけてくれた。


「寝よっか!もう遅いし」
「うん。相葉っちゃん、ベッドくる?一緒に寝る?」
「まさかー!さすがにそれはしないよー翔くんに怒られちゃうし、にも申し訳ないし…ね?俺、ソファで寝るよ」
「ごめんね、ふかふか取っちゃって」


電気が消されたら、時間が遅かったのであっという間に眠気が来た。
人のベッドでこうも簡単に寝れるんだ…わたしは深くマットレスに沈み込んだ。
どれくらい経ったのか、あるいは大して時間は過ぎていないのか、なんだかがやがやしているような感覚。
うるさい、夢かな。
寝返りを打とうとしたら翔くんがいた。


、帰るよ。何もされてない?」
「もー、してないって言ってるじゃんかー!」
「いや相葉くん、わかるよ、わかるけど心配じゃん」


咄嗟のことで何が何だかわからないまま翔くんに抱えられるようにわたしは相葉ちゃんの部屋から出ることになり、バイバイと手だけ振った。
助手席で状況がわからず、それでも眠気は強く再びウトウトしていたら、翔くんが呆れたように言った。


「あのね、いくら自称双子仲良しコンビでも、男女の泊まりはやっぱちょっと許せなかったわ俺」
「えっ?寝ちゃってた…お迎え来たの?」
「そうだよ。彼氏の気持ちにもなりなよ、タクシー代ケチるぐらいなら迎え来るよ」


やっと事を理解した。
お泊まり会は中止らしい。
ごめんねと一言謝って、優しいねと声をかけたら、当たり前と片手ハンドルで髪をくしゃくしゃされた。
相葉ちゃんからは、またね!とLINEが来ていて、あの人からは、ドラマを予約録画済みということに関して「やるな!」というお褒めのスタンプがひとつ。

彼氏の気持ちになって、か。
今のわたしは翔くんの気持ちをたぶんほとんど理解していない。
あの人とのLINEを急いで閉じた。




2016/12/5 6号