冗談にして逃げないで
翔くんは最近ほとほと忙しい。
夜帰ってくるのも遅いし、月曜日のニュースZEROなんて生放送自体が遅い時間帯なので、先に寝てていいよと言われている。
前までは素直に先に寝てた。
なのに最近のわたしときたら、狙ったようにLINEとにらめっこしかしていない。
なんと今日も、夢の5分間が訪れてしまった。
なかなか眠れません、と泣いてる顔文字を送ったら、
『only 5 min!』
と、電話の絵文字付きであの人から提案をしてきた。
どういう気持ちであの人はそんなことを言ってくれたのだろう。
LINEが続いて面倒になりそうだから?
話せばわたしが満足するから?
でも、その嬉しい提案は受け入れないわけがない。
「あれ、また普通にかけてきたんですか?」
「えっ!?なにが…?」
「今回はテレビ電話にするのかと思った」
前回、テレビ電話のことをちらっと言われたのだ。
よくよく考えれば冗談だと思ったし、かけていいと本気で思ったわけじゃない。
そしたらまさかのお言葉だ。
「でも今日もメイク落としちゃったし」
「気にしないって言ったのに。事前に今日はテレビ電話にしましょうって言った方がいいのかな」
「えっ、そんなに頻繁に電話してもいいということ」
「それはどうでしょうね」
笑われてるので、つまりからかわれてる。
もしかしたらあの人にとってわたしは暇つぶしのいいおもちゃなのかも…そんな風にすら感じた。
「こないだウォーキングデッド見てたんですね。友達とですか?」
「そうなんです。嵐の相葉ちゃんと」
「相葉くんとも親交があるんですか」
「超仲良しなんです」
「何者なんですか、一体。あの時間に2人で見てたの?」
「うん」
スマホの向こうでへぇーとちょっと驚いた声を出された。
「単純な疑問なんですけど、それって櫻井くんは怒らないんですか」
「怒らないです。ただ、お泊まり会にしようとしたら、迎えに来ました。泊まりはダメだって」
「そりゃそうでしょ。男性の部屋に泊まる意味わかってます?」
「意味って?相葉ちゃんとは絶対何にもないです」
「…櫻井くん、苦労してるでしょうね」
「やだ、どういう意味」
しまった、ちょっと甘えた声を出してしまった。
丁寧口調の中にタメ口が混じるとき、どうしても少し甘ったれた声になってしまう。
たぶんこれはわたしの癖で、女の部分が出てしまっている。
それが伝わっていないかすごく心配だ。
「ずいぶん可愛い声出すんですね」
あっ、バレバレだった。
頬がカーッと熱くなるのを感じて、わたしは思わず無言になった。
「もう寝ましょうか。5分経ちました」
「あっ…そう、ですよね」
「櫻井くんもそろそろ帰ってくるでしょ」
「ん、たぶん」
「じゃあ尚更。……あ、僕明日の空き時間に例の場所にごはん食べに行くつもりです。夕方頃かな」
「えっ、くわしくーー」
「おやすみ」
甘いおやすみにごまかされて、くわしく聞けなかった。
例の場所、いつも遭遇するあの場所。
明日、夕方ならばわたしも行ける。
あの人の方から情報提供してきたし、電話もOKしてくれたし、本当にどうなっているの?
眠れるどころか今回はますます眠れなくなって、部屋を無駄な動きでうろうろしていたら翔くんが帰ってきた。
「おっおかえりなさい」
「起きてたの?」
「眠れなくて」
「靴下片方脱げてるよ」
「あっ…ほんとだ」
わたしは慌てて寝室に引っ込んだ。
ドキドキが翔くんに伝わったら大変だもの。
そして翌日いつもの場所に、わたしは自分の仕事が終わってからできる限り急いで向かった。
前回会ってからも何度か来たけれど、毎回空振りだった。
「あ、さん」
声をかけてきたのはあの人の方からだった。
わたしの胸は高鳴って、小走りに駆け寄る。
久しぶりだ、本物。
「食事を!食事をこれからするんですね!?」
「あ、もう済みました」
「そんな…なんで…!」
「ニアミスでしたね」
「わたしが遅かったの?」
「そういう事」
毎回ここで会うたびに運命でしょうかと聞いては否定され、彼はいつも食事後で、永遠にもしかしたら一緒にごはんなんて食べられないのでは…そんな気にもなる。
なぜこうもタイミングが合わないのか。
一方で、彼の方から少しずらしている、そんな感じもする。
焦らされてる?
とりあえず人がいないので少し歩き出した。
何度目か、同じ流れだ。
「意外といじわるなんですね」
「そうですか?」
「そうですよ!わたし飛んできたのに」
「間の悪さ、IQ246の奏子さんとかぶりますよね」
「シャー!」
「あはは、なんか似てる」
もちろん他愛ない会話も楽しいけれど。
キャップをかぶって、至ってカジュアルな格好をした彼を横目に見上げた。
もう完全に好意は伝わっていると思うし、それを拒絶されているわけでもなければ、受け入れてもらっているわけでもない。
宙ぶらりんで、だけどそれが決して嫌な感じということでもないのが不思議だ。
フワフワしている…本当に。
「あのね、フジオカさん」
「そろそろほんとに、ディーンでいいですよ」
「でも…」
「いいんです、僕は海外での暮らしが長いので、ファーストネーム…イングリッシュネームだけど、それで呼ばれる方がしっくりくる」
「苗字は距離を感じるの?」
「うーん?でも、苗字じゃない方がハマる感じはあるかな。名前の表記も未だにカタカナよりアルファベットの方がしっくりきますしね」
言われてみればもっともだ。
海外では名前で呼ぶのが普通。
でも、いきなり呼び捨てになんてできない。
そんな勇気はわたしにはない。
「えーと、ディーンさん」
「テレビ的」
「じゃあ、わたしのことも呼び捨てにしてくれますか?そしたら対等だもの」
「なんかそれはまだかな」
…『それはまだかな』?
いずれ呼び捨てにしてくれる?
期待を持たせるのがなんてうまいんだろう。
既婚、子持ちで日本に単身赴任しにきてる、まったく境遇も違えばわたしにだって恋人はいるのに、どうしてこんなに、何を期待をしてしまうの。
「でもなんか少し、近づいた気がする」
「近付いて何かしたいんですか?」
「べ、別に何かしたいとかそういうことじゃないけど」
「明らかに距離は詰めてきましたけどね」
「そっちこそ」
「あっ、ちょっと」
ふっとものすごく柔らかに、わたしの腰に彼の手が触れた。
何が起こったかわからなくて引き寄せられるままに、ものすごく彼と距離が縮まって、心臓が鳴るのが早い。
端正な顔立ち、黒い瞳、黒髪、すべてが整いすぎている。
その表情が呆れ顔に変わった。
「いつもそんなにフラフラしてるんですか?」
「えっ?」
「いま正面から自転車来てた」
「嘘!気づかなかった」
「本気で?その大きな目はどこを見てるんですか。うちの子供たちでも気付きますよ」
この目は、あなたのことばかり見ていた。
そんな言葉は心の中にしまって、仕事に戻っていく彼を見送った。
一気に距離が縮まったような気がしたけれど、それは単なるわたしの不注意だ。
フォーを食べに連れて行ってくれる約束…約束まで至ってないけど、いつになることやら。
『助演男優賞おめでとうございます、五代さん』
言い忘れていたことをLINEで送ったら、
『おおきに!なんで直接言わないんですかw』
とてもカジュアルな返事が返ってきてわたしは嬉しくなった。
2016/12/8 6号