ドキピー

跳ね上がった心で気付いた

あの人のことをファーストネーム、もといイングリッシュネームで呼ぶことになった。
LINEして電話して、いつも結局は逃げられてしまうけど同じ場所で会って、なまえで呼ぶ…すれ違って会釈するだけだったのに、関係はめちゃめちゃ急激に進展してしまったと思う。
のめり込みすぎているような気がするけれど、もうわたしの勢いだけが止まらない。
恋愛初期みたいなことを思う。
あの人は今何をしているんだろう。
ライブが近い。とても楽しみ。
わたしのいる方に気付いてくれるかな。
広いし、一般で買った3階席だから無理か。
手とか振ってくれたら、周りのみんなも「自分に振ってくれた!」って喜んじゃうんだろうな。

翔くんにお願いしていた大阪土産、おたべの空箱を持って心ここに在らずの妄想をしていたら、お風呂上がりの翔くんにどうしたのかと声をかけられてしまった。


「何、もう食べちゃったの?相変わらずペース早い。こないだの白い恋人も即なくなったし」
「おたべもおいしいよ、ぜんぜんニッキくさくないよね。新大阪に売ってるのもいいし」


少し噛み合わない返事をしたかもと思ったけれど忘れていた。
わたし、会話のファンタジスタなんだった。
これは自称しているわけではなく、もういつだったか翔くんにそう言われた。
褒められてるのかけなされてるのかわからないと膨れたら、サッカー界ではファンタジスタはすごい選手だよとか言われたから、褒め言葉として受け取っておいたのだった。


は毎回大阪はおたべ希望だよなぁ、あとプリッツ」
「おいしいんだもん。ほんとは京都のお菓子なんだよ」
「おたべと八つ橋の違いって何なの?前に俺間違えて買ってきたよね」
「生八つ橋にあんこが入ってるよ」


翔くんが大阪に行っている何日か、わたしは仕事もなくて正直寂しかった。
もちろん翔くんが留守にすることはしょっちゅうあるから慣れていると言えば慣れている。
今年はオリンピックもあったので尚更。
連絡は取っていたし、何かあったら写メやムービーも送ってくれた。
相葉ちゃんもLINEをくれた。
そしてその間もう一度、あの人と5分間の通話をした。
5分間というのはあっという間だけれど、5分しかないと思えばダラダラ話をするよりはいいのかもしれない。
今それで均整が取れている気もするし。
ディーンさん、と口に出して「なんかかたいなぁ」とまたあの人には笑われた。
要はわたしは寂しいと思いながらも、割と羽を伸ばして過ごしていたのだ。


「今日も晩酌かぁ」
も食べる?」
「翔くんそれよく食べてるよね、なぁに?」
は俺と付き合って何年経ってるの?今更感満載だけど赤貝だよ」
「…知らない…」


赤貝なんて買ってあげたことない。
翔くんは昔しなかった1人晩酌を今はすごく頻繁にしていて、しかも自分でスーパーマーケットでおつまみを買ってくる。
寂しいのかな、わたしが隣にいるのに一緒に飲まないから。
それともおじさんになったのかな。


「ねぇねぇ翔くんのこと、なまえで呼んだのっていつ頃からだっけ?」
「どうしたの?突然」
「ううん、なんとなく」
は最初から俺のこと苗字では呼んでなかったと思うよ」
「翔くんものことなまえで呼んでた?」
「最初はちゃんだったかもね」


そもそもの距離が違うのか、とわたしは少し遠い目をしてしまったと思う。
翔くんは不思議そうな顔をして、そしてまた手元のお酒に手を付けた。
こういう何でもない時間は大事にしないといけないなと思う。


「あいばっちゃん元気?」
「それはもよく知ってるんじゃないかと思うわけだけど」
「ううん、大阪のコンサートのとき」
「うん、なんか最初の新幹線では死んだような感じだったけど、すげー元気になった。ちゃんじゃね」
「電話したんでしょ?」
「知ってるんじゃん」
「好きな人の力は強いね、超わかる!電話っていいよね」
「え、何で急にテンション上がってんの?」


あ、と思ってわたしは気持ち口元を押さえた。
いけない。
声を聞いたらテンションが上がるとか明らかにあの人にかぶせてしまった。
翔くんが帰ってきてからあの人からLINEが来たけれど、新着の表示だけ消して見られないようにまだ返事は返していないあたり、明らかに秘密を増やしていっている。
最初にあの人が「秘密がある方が面白いんじゃないですか」とかなり適当に言っていたのが本当になってきた。


さぁ」
「んっ、なに?」
「その雑誌、どうしたの?」


翔くんの視線の先にある雑誌をわたしは慌てて抱えた。


「違う、違うの」
「何が違う?」
「付録が!付録がね、魅力的で…えっとエコバッグとか大きくて使いやすいかなって」
「なんか…ごめん、最近ブライダル系とか奥様雑誌よく見てるよね。でも長野くんも結婚したしさ、ジャニーズが結婚禁止ってわけではないから、俺も何の展望もなしにと暮らしてるわけでもないっていうか」


え。どうして翔くんは半笑いなの?
なぜ少し嬉しそうなの?
わたしはこの雑誌にあの人のインタビューが載っていたから買って…隠していたつもりだった。ラックからはみだしていたけど。
奥様雑誌もブライダル雑誌も確かに立ち読みしたり、買っているものもある。
すべてあの人が載ってるからで……
ハッと気付いた。
今抱えている雑誌のタイトルは『新春素敵な奥さん』
なんだか明らかにかわいい奥さんみたいなのになりたい願望が現れてはいないだろうか。
翔くんに、早く結婚したいよってアピールしていると思われたのかも。


「違うの翔くん、ごめんね」
「わからないわけじゃないから、俺もごめん」


もしかしたら、結果良かったのかもしれない。
翔くんはわたしの戸惑い顔を見てすっかり上機嫌になっている。
犬とか猫をかわいがるような感じでわたしのことをわしゃわしゃーっとよしよししてから、満足げに翔くんはまた赤貝にお箸をつけた。


「そういえば、今度謎解きはディナーのあとでの放送するよ、テレビ」
「そうなの?」
「メガネの執事だよ。IQ246毎回録画してるじゃん、そういや確かディーンさんもメガネの執事じゃね」


翔くんの口からあの人の名前が出て、信じられないぐらいに鼓動が早くなった。


「うん、お似合いだなーって思いながら見てるんだー」


ジェットコースターから落ちる時みたいに胸がひゅーっとなってドキドキした。
同時に早くあの人から来たLINEを確認したいと思った自分がいたし、ドラマを見ているのがばればれなんだ。
心の中にある天秤に入れたお水の量がぐらついている。




2016/12/18 6号