ラスト・チャンス
最近めっきり寒くなった。
特に朝方は眠いし寒いし、この時期は本当に好きじゃない。
起きた瞬間に暖房をつけて布団にくるまりながら携帯のLINEとメールをチェックするのが日課。
LINEを開いた瞬間、ドキッとする。
雅紀から連絡が来ていた。一瞬で目が覚める。
数日前ついに私はやらかしてしまった。
のこのこと行った雅紀の部屋で、越えてはいけない一線を越えてしまったのだ。
そうならないように、距離をとらなくちゃと思った矢先だった。
雅紀のことは好きだけれど、剛くんの事を考えたらやっぱり良くないと思った。
剛くんがキャバクラに行ったりするのは嫌だし、週刊誌のこともしんどい。
でも別れるまでに至る話かといったらそんなことはなくて。
だから雅紀のことはいくら好きでも、引き返せるうちに引き返さなくちゃと思った。
剛くんと一緒にいることで、だんだんその気持ちも固まってきたのに。
会うなんてもってのほかだった。
だったのに……やっぱりどう考えても雅紀のことが好きで、私だって本当は雅紀にずっと会いたかった。
福岡のお土産とか甘くて美味しいみかんとかに釣られた振りをしただけ。
だけどまさか一線を越えることになるとは思ってなかった。
前に一緒に寝たけど何もなかったし、だから今回もそんなことは起こるわけないと過信してた。
あれだけ避けたのだから、雅紀が行動を起こすかもしれなかったのに。
それで結果、ついにやってしまった。
でもそれ以来連絡できなくて、雅紀からも何も言って来なかった。
だから今連絡が来ている事実にすごくびっくりしている。
雅紀の名前をタップした。
『夜中にゴメンね。今日ちゃん家でカレーご馳走になっちゃった。パクチーは入ってなかったよ。カレーは何カレーが好き?』
何故!?
何故カレーの話しを!?
それにしてもパクチーカレーって存在するの?
いやそんなことは今はどうでもいい。
どういう意図でカレーの話題なのか考えながら仕事に行く準備をして、電車に乗りつつ画面と睨めっこした挙句普通に返す事にした。
『バターチキンカレーがいい』
ネパール系のカレー屋さんに行ったら私はいつもバターチキンカレーを食べると決めてる。
午前中の業務を終えてぐーっと伸びをしてから携帯を確認すると雅紀からやっぱり返事が来ていた。
『そこはバーモンドカレーって言ってほしかった!じゃあバターチキンカレー今度作るね』
思わず微笑んでいる私がいて、慌てて周りを見回して口元を引き締める。
携帯見てニヤついてるのを同僚に見られたら恥ずかしい。
雅紀はいつの間にか料理ができるようになっていて、しかもなかなか上手だ。
お魚も上手に捌いていたのを番組で見た。
というか、バターチキンカレーを作るという事は食べに来いって事なんだろうか。
遠回しなお誘いってこと?
どうしよう。行きたくないわけじゃないし、最早引き返せるとも思わないけれど、どうしよう。
思わずにSOSの連絡をして仕事後に会ってもらうことになった。
「聞いた?」
会うなり単刀直入に聞く。
雅紀がカレーをの家で食べたという事はつまり話を聞いていると考えて間違いない。
はくりっとした瞳を上目気味にして私を見つめている。
そして若干口元がニヤニヤしている。絶対に聞いている顔だ。
「聞いたんだね!」
「聞いてしまったわ!」
両手で顔を覆っている。
そして人差し指と中指の隙間が空いているのでシズカちゃん状態に。
「誠に遺憾であります……」
「良いと思う。気持ちに素直になった方がいいわ」
「これっきりの方がよくない!?」
「もう。ってば小心者なんだから〜」
は大した事ではないという口ぶりでティラミスを口に運ぶ。
美味しそうに食べるので私も目の前のガトーショコラを食べることにした。
「相葉っちゃんにも言ったけど、未婚なのだし……ね?」
「ね?って!え!?私が気にしすぎなの!?」
「相葉っちゃんとが結ばれるなんて感無量だよ」
「結ばれるってやめて!恥ずかしいから!」
思わず赤くなってしまう。
どうすればいいのかという私の悩みは、にしてみれば悩むほどのことではないらしい。
会える時に会いに行けばいいし、好きを諦める必要もないそうだ。
「あ、LINE来てる」
「相葉っちゃん!?」
「ううん……剛くん」
「あ……」
「そういえば剛くんのこと気に入ってたみたいだよ」
「ほんと!?嬉しい〜私も森田さんとお話できて楽しかった!」
と剛くんはお酒が得意ではないことから意気投合したみたい。
親友と彼氏が仲良くなるのは嬉しいものだ。
「森田さんなんだって?」
「これから来れるか……だって!どうしよう!」
「行ったらいいと思う」
「え……でもこの間アレがアレしたばっかりだし」
「大丈夫!いつも通りに!」
にそう言われると不思議と大丈夫な気がしてくる。
それにしてもがやけに上機嫌なのは私と雅紀のことが嬉しかったから、だけなのだろうか。
他に何か良いことでもあったのかと聞こうと思ったけれど、剛くんが早く来いと電話までかけてきたので、ケーキを食べてとバイバイした。
剛くんの自宅のドアを開けるとスパイスの良い香りがする。
まさかと思うけれど、これはカレーの匂い。
ゆっくりと部屋の中に入ってキッチンを覗くとまさかの光景にびっくりだ。
なんと剛くんがキッチンに立ってカレーを煮込んでいる。
「カレー……流行ってるのかな」
「おかえり。何か言った?」
「ううん!なんでもない!すごーい美味しそうだね!」
「2017年は料理しようと思ってるから」
そういえばそんなことをこの前言っていた気がする。
手始めにカレーだなってことも言っていた気がする。
「長野くんに教えてもらった旨み成分ってやついれてるから」
「え!絶対に美味しくなるやつだね」
「でさぁ。ごはんてどうやって炊くの?」
「嘘でしょ!?」
炊飯器の使い方を教えながら、こんなこともできない剛くんを可愛いと思うし好きだと思う。
思わず剛くんを背中からぎゅーっと抱きしめた。
カレーをぐるぐるかき混ぜていた剛くんが振り返る。
「なに?どしたの」
「なんとなく」
「苦しいんですけどー」
私も苦しいよ剛くん。
剛くんが好きで苦しかったはずなのに、別の感情で苦しいよ。
2017/1/28 18号