ドキピー

その言葉が唯一の繋がり

部屋にはパクチー栽培キットと未開封のリップクリーム。
袋から出してはいないけど、表紙を飾った雑誌も隠し気味に置いてある。
チャイニーズニューイヤーを迎え、彼は少し新しくなったに違いないから、ここをわたしは靛(ディーン)区域と名付けよう。
彼はクリスマスで恐らく気持ち的にはメリークリスマス&ハッピーニューイヤー。
アメリカは新年はあまり大々的には祝わない、どちらかというとクリスマスに済ませてしまう。
そして春節にあけましておめでとうございます。
日本のお正月は祝わず、中国のお正月はSNSで祝うあたり、やっぱり少し違う。
わたしが今まで見た誰とも違う。



に呼び出されて、相葉ちゃんとの話を聞いた。
けっこうな勢いで相葉ちゃんとの付き合いというか、気持ちの部分を後押ししてしまったし、自分自身はウキウキ浮かれているのが丸出しになってしまったような気がする。
長いこと翔くんとだけ付き合ってきたわたしの今の思考はには少し意外だったかもしれないなとも思う。
でも結果、少し自信を取り戻しては森田さんの呼び出しに応じ、手元のケーキをしっかり完食してから急いで駆けていった。

さてウキウキしていたのには、実は続きがあって。
あの人からリップクリームを受け取ったわたしはしばらくお店で放心した後、甘いラテを勢いよく飲み干し、ごはんは食べないで家に帰った。
胸がいっぱいでごはんはお腹に入らないと思ったのだった。
でも帰る前にコンビニに寄ってアイスだけ買った。
ぐだぐだとテレビを見ながら家でできる作業をしていても翔くんは帰ってこなくって、時間は遅くなったけれどアイスの写メを撮ってあの人に送った。
特に返事はなく、撮影は忙しいだろうし邪魔はしたくないのでおとなしく眠りについた。
間違いなくあの人はあの場所でわたしのことを待っていてくれて、ただリップクリームについてはなぜくれたのかはわからない。
だけど正直すごく嬉しかった。ものをもらうなんて思ってもみなかった。
宝物だな、と心から感じる。
翌朝いつの間にか帰ってきていた翔くんに、寝ながらニヤニヤしていたと言われて肝を冷やしたけれど、その日も、その次の日もわたしはアイスを買って、画像だけLINEで送った。
そうしたら夜遅くにピコンとスマホが音をたてた。

『アイスを家業にしましたか』

独特の言い回しになんだかにやけてしまう。
幸いまた翔くんは帰っていなくて…でもそれを「幸い」と思ってしまうあたり、いけないなぁとか今更のように感じながらスマホをタップした。

『この時期のアイスは極上なのです』 『好きなんですね』 『大好き。ただ、ギルティ』 『あんまり笑わせないでください』
まだ翔くんが帰ってこないこと、彼が映画撮影の待ち時間であること、先日のリップクリームをパクチーの横に飾った話。
短くやり取りをしたら、着信。
それは彼からの、初めての着信。


「あの、わたしです…奥さんと間違えてかけてますか?」
「え?なんか打つの面倒になっちゃった。話した方が早いかなと」
「電話平気なんですか」
「ちょっとトイレに来たので。すぐ切ります」


そうですよねと相槌を打って心の中で確認する。
この人にとってわたしはただの時間つぶし、暇つぶしの相手なんだろうし、この通話だってわずかな時間のもの。
思い上がってはいけない。
リップクリームをくれたのも気まぐれで、今はなんだって便利な世の中なんだ。
そもそもなぜLINEを返してくれるのかだってわからないし。
やり取りしたり話せるだけ、それでわたしの中では大きな前進。


「ツイッター見ましたよ」
「わたし何か書いてましたっけ」
「家で作業中の画像。あげたリップが写ってた」
「気づいちゃった!?さすがです」


家で仕事の準備をしているときに、作業の手元の写真を撮ってアップした。
少しだけ、彼にもらったリップクリームを写りこませた。
それはわたしの嬉しさの表現の仕方で、本当にささやかな表現だったからフォロワーの誰からも突っ込みはなかったけれど、本人に気付かれてとても嬉しい。


「嬉しかったのでつい」
「いいですけど。そういえばさんちょいちょい僕の書いてることをパクりますよね。こないだもno music no lifeって僕のツイートの後に書いてた」
「えへへ!誰も気づいてないです。わたしも音楽好きなので」
「僕が気付きました」


芯が通っていて、それでもとてもやわらかい声色だった。
ファンクラブ内のゆるいラジオや、ライブのMC、テレビ番組、そのうちのどれよりもまろやかな。
彼はまるで違うフィールドで生きていて、お互いのフォロワーはまるで違う人種。
それでも同じことを感じたりすると、わたしはちょっとしたアピールをしたくなる。
誰へ向けてっていうことではない。
たぶん彼に知ってほしい。気づいてほしい。
彼のことをよく知らず、少し働いていたビルのエレベーターで一緒になる背の高いかっこいい人だと思っていた日もそんなに前ではないはずなのに、なんだか遠い昔のよう。


「僕最近、よくチェックする人のリストにさんのこと入れましたからね」
「ほんとですか」
「その方が見やすい。さん、個人宛てのツイート多いから全部見てられない」
「だって、リプ返してるもん」
「疲れないですか?」
「すごく疲れます」
「ほどほどに。あとそろそろ僕のことフォローしてくれてもいいんですよ」
「え、でも」


後ろで少し人の声がした。
たぶん撮影スタッフだと感じた。


「さて、行くかな」
「また結婚詐欺師になるんですか?」
「そうですね。でも、そろそろいいお知らせができるかも」
「なに?」


答えず彼はそろそろ切りますよーと言って、割とあっさりと…いや、あっさりしていて当たり前なんだけど、けっこう一方的に通話は切られた。
またわたしはまた放心して、トークルームの彼側からの電話アイコンをスクショしたくなった。
それくらい、ほんとにわたしにとっては彼からの着信は思いがけないものだった。
撮影の合間の大事な時間、セリフの確認とかイメージとかいろいろあるはずなのに。

目覚めて、映画の撮影がクランクアップしたということをツイッターで見て知った。
LINEには何にも来ていなくて、なんでそういうことはLINEで教えてくれないのかなぁと思いながら、たぶんこれが「いいお知らせ」なんだろうと気付いて言いようのない特別感を覚えた。
誰かに言いたい、でも言えない。
だからわたしはウキウキしてしまったの。
普段よりずっと浮かれてしまったの。




2017/2/3 6号