宇宙はどんな音がする?
かつて櫻井家には大きな恋愛のトラブルは今まで起こったことはなかった。
スキャンダルも気になったことはないし、翔くんに限ってそんなことはないと思っていたし。
翔くんも、今まさかわたしが既婚者のディーン・フジオカに夢中だとは思わないだろうけど、それを除けばお互いに信頼していると思う。
だからこそ相葉ちゃんと夜遅く遊んだりするのも許してくれてるのだって信じている。
「火のないところに噂は立たないよね?」
「なに、どうしたの」
なので、こんなの初めてだ。
夜遅く帰ってくるなり出迎えたただならぬわたしの声色に、翔くんは少し驚いている。
「なんなの、どうしたんだよ」
「わたし、いつから2号さんだったのかな」
あ、と心底気まずそうな顔をされた。
信頼が崩れたわけではないけれど、不安が生まれたのは本当だった。
わたしの手元にはものすごく丁寧にラッピングされたチョコレートがあって、わたしはこれを翔くんの仕事スペースで見つけてしまったのだ。
明らかに気持ちがこもってる。
芋づる式に他のチョコもいっぱいゴロゴロ出てきたし、久しぶりにお掃除してあげようと思ったらこの仕打ちだ。
翔くんは言葉を取り繕っているようにも見える。
「、そのチョコはさ」
「チョコいっぱいあったの、に隠してたのね」
「や、隠してたわけじゃないよ。も最近遅いし、タイミング逃してたというか」
「置いといてくれたらいいじゃない」
「でも、ダイエットしてるって言ってたじゃん。なのに夜中食べちゃうじゃん」
あの人からもらった鹿児島土産をわたしだって全面的に隠していたから、こんなこと言う資格はない。
でも、あの人と話した時に「櫻井くんこそチョコもらってそうですね」と言われたのがまさか当たるなんて。
わたしのクッキーだけじゃなかったんだ。
報道のタイミングも絶妙すぎるしこんなことになるとは思っていなかった。
「それはビジネスチョコだよ」
「なにそれ!」
ぷー!と頰を膨らませる。
そうでもしないと涙が出そうだ。
最近は言われた通りにわたしも帰りが遅かったり実際そこまでタイミングは合わなかった。
夜中にはLINEばかり気にして翔くんのことはちゃんと見れていなかったかも。
それでも、翔くんの帰りがあまりに遅いとか、そういうのもっと気にすればよかった。
「、落ち着いて。何か誤解だと思う」
「これ食べてもいい?」
「え、それは」
「ダメなの?大事なチョコだから?」
ちょっと落ち着いて、ともう1度言われて、ぽろっと我慢していた涙がこぼれてしまった。
翔くんとはいつか結婚するのかなぁと思っていたけれど、わたしみたいな知性のない子より、努力のできる賢い人がお似合いだよねそりゃそうだよねと一気に言葉が頭の中に溢れてきて、わたしの涙腺を簡単に崩壊させた。
「え、そんな泣く!?誤解だって言ってるじゃん」
しかも子供みたいにわたしは声をあげて泣いてしまった。
翔くんが何とも言えない表情でわたしを見ていて、いつもみたいに抱きしめてもくれなくて。
それはわたしの不安を煽るだけだ。
きっと10分くらいはその状態で、翔くんは泣いているわたしを無言で見ていた。
泣きながら、次に何を言えばいいのかもうひとりのわたしが頭の中で囁いて、でもそれを口にしたらすべてが終わってしまいそうで怖くて、初めて売れっ子のアイドルと付き合っているという確信をしたかもしれない。
だってわたしといるときの翔くんは、何年もずっと翔くんだったし。
「あのね、ベランダの写真…」
「なに?」
「あれ、うちじゃん!」
「そうだよ、うちなんだよ。だから泣き止んでくれないかな。何ていうか、ちゃんと説明をさ」
翔くんの声のトーンは低めである一定を保っていて、尚且ついつもより言葉の選び方が慎重に感じる。
また声をあげてわたしは泣いた。
ティッシュを何枚も消費して。
翔くんはやっと、しょうがないなという感じでわたしを抱き寄せてくれたけど、それでも今日のわたしはおさまらない。
だって、わたしの中ではこんなピンチは今までになくて、純粋に、ただ1人翔くんに愛されてるって思い込んでいた。
「たぶんはいろいろ勘違いをさ」
「勘違いって何?ニュースに出ちゃってる」
わたしは翔くんの腕から自ら抜けて、コートを羽織り、お財布とスマホだけ持って家を飛び出してしまった。
、待ってと後ろで声が聞こえたけれど無視をして。
シクシク泣きながら駅の方を目指すと、こんな時間だから人もほとんど誰もいないのだけれど交番のおまわりさんと目が合って、慌てて何でもないというフリをした。
翔くんから着信でスマホが手の中で震えてる。
前回どうでもいい喧嘩で家を出た時には何の連絡もなかったけど、今日は少し学んだのかも。
わたしは着信が切れるまで画面を見つめて、でも誰かと話がしたかった。
しばらく悩んで相葉ちゃんに試しにLINE電話をしてみたら、あろうことか通話中だった。
なぜかますます涙が止まらなくなって、トークルームの下の方にあったニノにかけてみる。
「何なの?こんな時間に」
絶対に出ないと思ったらニノは通話に出てくれて、そこでまた涙が止まらなくなる。
「どうしたのよいきなり」
「ごめん…あいばっちゃんが電話お話中で…」
「代わりに俺なの?勘弁してよ寝ようと思ってたのにさぁ」
「ごめんね」
「あれ?泣いてるんですか?」
ごめんと繰り返すわたしにニノの口調も曇る。
たぶん何となく気付かれた。
いつもの軽口が出てこないのが事を大きくする気がする。
ニノは勘がいい。
「外なの?帰りなさいよ。遅いし心配されちゃうよ」
本当に寝る前だったんだと思う。
ありがとうと告げて通話を切った。
ニノと話しているその間に、1度だけ翔くんから着信がきていた。
かけ直すことなく駅前のベンチに腰掛ける。
LINEが数件。
翔くんから、早く帰っておいでという内容。
相葉ちゃんから、電話くれた?ごめん!という内容。
帰りたくない、たぶん今また翔くんの顔を見たら、ただ泣いて、どんどん顔がむくんでいくだけだ。
ベンチでコートごと膝を抱えて、ぼんやりと空を見ていた。
星はぜんぜん見えなくて今にも落ちてきそうなのは空そのもの。
宇宙。宇宙ネオン。不安定な色で光るわたしのこころ。
手の中のスマホがゆるく振動する。
何日かぶりかに届いたあの人のLINEは
『日にちあきましたね。深夜ですが元気ですか?』
心が飲み込まれそうに揺れた。
なんだかんだ言って、わたしも翔くんのことはとても好きなんだ。
2017/2/28 6号