幸せな脳みそ
『日にちあきましたね。深夜ですが元気ですか?』
どうするかとても迷った。
翔くんとのことで家を飛び出して、めそめそ泣いていたときに届いた彼からのLINE。
わたしは今は何を優先するべきなのか、よく考えなくてはいけないと思う。
思うけれど、返信してしまった。
『電話していいですか?』
『何かありました?どうぞ』
呼び出し時間は短く彼の声がした。
安堵したのは事実だし、それでいて何かを間違えた気も同時にした。
「ごめんなさいこんな時間に」
「いつものことだし気にしないです」
「ディーンさん。寝れてないんですか?」
「うーん、少し足りてないですね、正直。へとへとです」
「ですよね、疲れてるみたいで心配してました」
今日のわたしはどうにもセンチメンタルらしい。
ニノに引き続き電話口の相手に、2連続で気づかれる。
「泣いてますか」
「わかっちゃうのかぁ」
「わかっちゃうも何も、完全に声が違います。うーんと…、何というか、めげなくていいんじゃないかな」
ああたぶん、翔くんのことを言ってるんだろうなぁと思った。
少なからず彼はわたしのことは、無関心ではなく気には留めてくれていると感じる。
もしかしたらニュースでも見て、ほんの少し心配でもしてくれてるのだろうか。
心配…何の心配だろう。
そんな心配されるのは恥ずかしいし、知られたくないのに。
なのに話してしまう。
「わたしまた家出しちゃったんです」
「いつから?」
「さっき」
「外にいるんですか?」
「家の近くの駅前にいます。なんか、帰りたくなくて」
「そういう時は帰らないとダメです。寒いし」
「だって。誤解だから説明したいって、それしか言われないから」
「櫻井くん自身がいきなり言い訳をしないで説明を求めるなら、むしろ大丈夫なんじゃないですか」
これって既婚者の余裕だろうか。
それとも男性としての言い分かしら?
説明と言い訳は違うなんて思ってもみないこと言うので、少し言葉を失った。
好きになってしまった人から恋人との仲を心配された挙げ句、大丈夫と励まされている。
わたしの中でいろんな感情が揺れる。
彼に会いたいというのと同時に翔くんとは喧嘩なんか本当はしたくないって、そういう気持ち。
「ディーンさんの顔が見たい」
「not today」
返された英語は、わたし自身を拒否する言葉ではなかったけれど、気持ちを落ち着かせるにはじゅうぶんな一言だった。
「そうですよね」
「今日は帰った方がいいと僕は思う」
「またおうちにかくまってほしかった、と少し考えました」
「うーん、そうしてあげたいのもやまやまだけど、今日はダメです。そのかわり」
「そのかわり?」
一瞬彼は言葉を選んだように思う。
「さん明日は仕事ですか?」
「夜はあいてます。夕方には仕事終わる」
「ならちょうどいいかな、また連絡します。ちょっとヘルプをお願いしたくて。明後日からまたハードスケジュールなので直近で明日しかないんです」
まさかの代替案だった。
そのかわり明日あいているかって、ヘルプって何だろう。
この人本当にサプライズが上手で、うまく言葉が出ないわたしはいつも驚かされっぱなしだ。
不思議なことに涙も止まっている。
「あ、さん?あんまり期待は…僕、仕事の合間にちょこっと抜けるくらいなので」
「いいんです。だって、待ち合わせということでしょ」
「そうなりますね」
「初めての待ち合わせだぁ」
「なんで喜んでるんですか?」
じゃあ今日は帰れますね、と言われてもう頷くしかなかった。
おやすみなさいと告げて、しばらく駅前のベンチで自分を勇気づける。
明日彼と待ち合わせをする。
何か頼み事があるようだけれど、この際なんだっていい。
翔くんのことでくよくよ悩むのはやめよう。
もし真実がどうであっても何も壊すべきではないのだ、翔くんとの関係も、彼への想いも含めて。
それをたったの5分弱の通話で思わせてくれるのは、グローバルな思考の彼に言われたからだろうか。
翔くんのことで泣いていたのに、それを解決したのは彼との待ち合わせという事実、自分の気持ちの方向だってわからないけれど。
「ただいま」
「!また帰ってこないかと思った」
マンションに戻ると翔くんはまだ起きていて、いかにもこれから出かけようとしていたようで、わたしの顔を見るなりホッとした表情になり、ぎゅっと体を抱いた。
「探しに行こうと思ってたんだよ。相葉ちゃんとニノから連絡あって」
「帰ってきたじゃない」
「心配かけてごめん」
心配、心配って何の心配かもうよくわからないけれど、恋愛トラブルで喧嘩なんてしたくない。
「痛いよ、翔くん」
笑って言ったつもりだったけどまた涙声になってしまって、翔くんの腕にさらにぎゅっと力がこもった。
2017/3/2 6号