ドキピー

ぱふぱふパフューム

初めての待ち合わせ。
わたしは何年も感じていなかったような感覚に陥っている。
つい昨日は翔くんと喧嘩していたけれど、コロッと忘れたくなるくらいには浮かれている。
好きな人と待ち合わせをするというのは、本当にどうしてこんなにも胸がときめくんだろう。
もちろん、何か頼まれごとだというのはわかってる。
昨日のわたしがぐずったからそれをなんとかするための手段だということも、わかってる。


「お待たせしました」
「待ってないです…ぜんぜん…マスクなんですね」
「はい。花粉飛んでるし」


一瞬だけマスクを下げて顔を見せてくれた。
あれだけ昨日泣いていたのにわたしはそんなこと頭の隅っこにぽいっと置いてしまう。


「あ、髭」
「そうなんです。すぐ剃りますけどね。せっかくなのでスタッフの前で剃ります」
「スタッフさん呼ぶの?髭を剃るためだけに」
「欲しがりなスタッフがいるんですよ」
「い、いいなぁ。ていうか髭もいけてます」


そうですかと彼はにこやかに笑って、どっちのがいいですか?ととんでもなく難しい質問をしてきた。
選べるわけがない。
今一瞬見せてくれたきちんと整った口髭、あご髭のきれいな顔と、いつものきれいな顔。
どちらにしてもきれいだもの。


「どっちも違って、どっちもいい。もう1度見せてください」
「案外欲しがりですね、さんも」
「だって、髭ありは初めて生で見たんですよ」
「How do you think?」
「cool」


いいですねーと言って彼は歩みを進めた。
英語が時折混ざるのは、わたしにとってはとても楽しくて、よくいる帰国子女のその感じとは違ってぜんぜん嫌味でもない。


「サッと英語圏の発音で返ってくるのが気持ちいいです」
「そうですか?」
「はい。ところで結局仲直りはできたんですか?」


ここは隠すところではないので、素直に答えた。
わたしが勝手に勘違いをして怒っていただけだと確認して今朝もとても和やかだったこと。
そして夜中に電話をしてごめんなさいと改めて謝った。
ありがとうとも。


「よかった。帰らせた甲斐がありますね」
「どういう意味ですか?」
「言葉のままですよ」


ちょっとよくわからないかな?と首を傾げながら足早に歩く彼の後についていくと、そこは某化粧雑貨専門店だった。
プレゼントとかに喜ばれるような。


「SABONとロクシタンてどっちがいいんですか」
「誰かにプレゼント?」
「僕近日中にジャカルタに行くんですね」
「あっ、そうなの…」
「お隣の方に前回ちょっとお世話になったので、そこのお嬢さんにお土産です。ジャカルタで何も買えないわけじゃないけど、せっかくなので選ぶのを手伝ってほしいなって」


ジャカルタに行っちゃうんだ…という少し寂しいような気持ちと、ものを選ぶという責任感。
同時にのしかかるふたつの感情がわたしの頬を熱くした。


「そんなに大物じゃなくていいんですよね」
「だとロクシタンの方が軽めかも…ハンドクリームにもシーズンの匂いがあるし」
「あー、春っぽいですね確かに。いっぱいあってよくわからない」


店頭で楽しそうに悩み出すその姿は少し前に見たファンのためのお土産選びに似ていて、とても微笑ましくて暖かい気持ちになると同時に、ちゃんと役に立つことができるか、彼が自分で商品を選ぶところまでわたしがナビゲートできるのかドキドキしてきてしまった。
店員さんは場所柄かお店柄か芸能人には慣れているようで、何かあったらお声がけくださいと言ってスッといなくなった。


「ディーンさんはどんな香りが好きなんですか」
「ジョグジャ系」
「えっと、それ前にツイッターで見た」
「よく見てますねー。レモングラスとか、そういう」
「あ!去年のライブのグッズの香りめっちゃ良かった。あれ好き。さわやか」
「買ったんですか?」


お守りに持って歩いてますとバッグを抱えて答えたら、お世話になってすみませんと彼は目を細めた。


さんは、どっちかっていうとコットンキャンディって感じするけど」


目を細めてそんなこと言われたら、わたしはもう言葉を失うことしかできない。
たぶんほっぺたはチークを通り越してピンクになってしまったし、頭からも蒸気が出そう。
誰かへのお土産、もしかしたらそれはお隣さんじゃなくて奥さんへかもしれないのに。
あ、でも小さな子どもがいるから、あんまり香りきついのは奥さん使わないのかしら。


「どっちがいいですかね?こっちの限定って書いてあるのと、桜の」
「うーん」
「直感で」


両手にひとつずつテスターを塗って香りを確かめるわたしを彼はおもしろそうに眺めて、それからどっちかなー、と言って悩む姿は保険会社のCMのディーン・フジオカっぽくてとても、とてもいたたまれないくらいに愛しい風景だった。




「買えてよかった」
「わたし何にも役に立ってない」
「じゅうぶんです。短い時間だったけど有意義な買い物でした」


もうお別れなんだなぁ、一瞬だなぁとわたしは途端に寂しくなって、そういう顔をしたと思う。
また連絡しますと彼は言い、わたしに小さな紙袋をひとつ渡して「お礼です」と微笑んで、いつも去っていくみたいに姿勢よく今日も去っていった。
渡された紙袋にわたしはしばらく呆然としたけれど、帰りの電車でそっと中身を見たら、どっちの香りがいいですかと聞かれたときに「わたしはこっちが好き」と答えたピンクの包装のハンドクリームが入っていて、思わずもったいなくて使えないよと口に出そうになった。




2017/3/4 6号