ドキピー

ホテル桃源郷

役作りだから、と雅紀は背筋を伸ばして姿勢よくティーカップを持ってみせた。
ダイニングテーブルには四月からはじまるドラマの台本が置かれている。
私はその台本をちょっと見せて、と言って奪ってページを捲る。
キャストの一番最初に相葉雅紀と明記されていていた。


「ほんとに主演なんだね」
「えっ!?どゆこと!?」
「貴族!」
「しまった!つい!」


貴族を意識して今から過ごすから!と自分から宣言してきたくせに、もう素に戻ってしまっている。
だいたい貴族を意識するってどういうことだろう。
貴族なんて早々会えるものでもないし、すごく難しい役なんじゃないだろうか。


「貴族の役作りって大変そうだね」
「こちとら飲食店の息子だからね!難易度高いよ。とりあえず髪の色は貴族は黒だろうと思って。貴族は染めたりしないよね?」
「私は前の色が好きだった!」


身を乗り出して力強くそう言うと、気圧された雅紀が少し身を引き気味に苦笑いする。
昔から雅紀は髪の色は明るい方が似合うと思っていた。
すごく前に学校の先生役をやっていた時黒くしていたけれど私は気に入らなかったし。
もちろん役だから仕方ないんだけど。
そういえばあの学校の先生の役の時、ストーリーと大して絡まないちょっとした役で雅紀の役っているのかな?と疑問だった。
それが今では主演なんだからびっくりする。


「攻めの黒だよ」
「攻めの黒?」


聞き返しても、うんうん、と頷いている。


「あの、何に対しての攻め?」
「それはドラマがんばるぞっ!っていうのと、やっぱりに対しての」


私に対して……そんな風に言われて途端に気恥ずくしくなってしまう。
だから再び台本をぺらぺらと捲った。
貴族は趣味で探偵をしているけれど、自分で推理はしない。
メイドや運転手、執事に調査させるらしい。
そして自分は女性を口説いて周るとか。
それで探偵を名乗るんだから相当な奇人に違いない。
女性を口説く……雅紀が?
いくら役だからといってもそんな姿は想像できないというか、しっくりこない。
それを松潤がやるってなったら、容易に想像できるんだけど。
ふと、私も雅紀の貴族の役作りに付き合ってあげようという気になった。
ティーカップの中の紅茶はもう空になっているから、ティーポットを持って立ち上がる。
雅紀の横に立つと、不思議そうに見上げてくるからにっこり微笑んだ。


「ご主人様、おかわりは如何ですか?」
「ご主人様!?」
「……だから貴族するんでしょ?」
「や、する。しますけど」


ティーカップに紅茶を注いで、雅紀の傍らに立つ。
紅茶を一口飲んで再び私を見上げてきた。


「メイドは主人に絶対なんだよ!?」
「その通りです」
「おかえりなさいませご主人様、って言ってみて」
「おかえりなさいませご主人様」


優しくメイドらしく可愛く言ってみると、雅紀はテーブルに突っ伏して身悶えはじめた。
もしかして、よく分からないスイッチを入れてしまったんじゃないだろうか。
しかも自分はすっかり貴族になりきることをやめてしまっているし。


「思いのほか破壊力がでかくてやばかった……」
「ご主人様にそういう性癖があるなんて知りませんでした」
「別にそんなんじゃないよ!人を変態みたいに言わないでくださいよ」


あんな台詞で喜ぶなんてじゅうぶん素質あるんじゃないの?と思ったけれど、言わないでおいてあげた。


「ではご主人様、次は何をすればいいでしょうか?」
「えっ?!えっと、じゃあ肩揉みお願いします!」


若干面倒になってきたからそろそろやめようと思いつつ、雅紀の肩を揉んであげる。
普段身体に気をつかってストレッチしたりしているから、そこまで凝っている感じはない。
真上から雅紀をまじまじと見下ろすなんてことそうそうないし、つむじを見ていると無性に押したくなった。
その衝動に負けて、ぷすっとつむじを押したら、顔を上げてくる。
なんだかすごくそれが可愛いくて心臓がきゅーっとなって今度は私が悶えてしまいそうだったから、屈んでちゅっとキスをした。
そのキスで私の中の突然湧き上がった萌えは解消される。
でも雅紀はそうはいかなかったみたい。


「なんでそんなことするの」
「えっ、ごめん。しちゃダメだった?」
「その逆。それで終わりだなんて許さないよ」


無意識なのかなんなのか、今の台詞が一番貴族っぽくて偉そうなことに本人は気づいていない様子だ。
私は雅紀の要望通り膝の上に横座りして、今度は一瞬じゃなくてゆっくり丁寧なキスをしてあげる。


「ご主人様満足した?」
「ぜんぜんしてない。もっとください」


好きな人には奉仕のひとつもしてあげたいのが乙女心。
態度は面倒くさい素ぶりをするけれど、結局私はご奉仕してあげることにした。
わがままな貴族の要望を聞いてあげる。
またいつ会えるか分からないし。
椅子に座った雅紀に跨って首にしがみついて自分で動くと、気持ち良さに頭がくらくらする。
雅紀の黒髪から香るシャンプーの匂いが自分の髪から香る匂いと同じなことが嬉しい。
そんなことすら嬉しくて好きで、また私は剛くんのことを忘れてしまった。




2017/3/11 18号