その小指の糸が繋がってるのは誰
アカデミー賞のいくつかの部門で名前が上がった作品が観たくて、剛くんを誘って映画館に来た。
126分の歌と音楽、夢を追いかけるキラキラとした世界に浸ってとても幸せな気持ちになれた。
余韻冷めやらぬまま、ほう…とため息を吐いて隣を見る。
椅子に深く座って腕組みをしていた剛くんと目が合った。
両隣の人達が立ち上がりはじめて、映画が終わった瞬間の静けさから途端に騒がしくなりはじめた。
マスクをしているせいもあって、ここに座っているのが森田剛だとは誰も気づいていないようだ。
剛くんが上着を着て立ち上がる。
身支度をする私を見下ろしながら、ポケットに手を突っ込んだまま待っていてくれた。
私がようやくマフラーを巻いて立ち上がると、そのまま剛くんの腕にしがみつくようにして外に出た。
二人で並んで歩いているとすごく幸せだと感じる。
映画を観た直後な所為もあって胸の中がいっぱいだからかもしれない。
好きな人と一緒にいられるのは当たり前のことじゃない。
かなりの奇跡なんじゃないかと、映画に影響されてそんな風に思ってしまう。
好きな人……、雅紀のことがちらりと過ぎった。
映画を観ている間機内モードにしていたから、もしかしたらLINEが来ているかもしれない。
後で確認しなくちゃ。
六本木の映画館を出てから剛くんの車でマンションまで向かう。
車に乗って映画の感想を言い合っていると、ふと話しの切れ目で剛くんがそういえば、と話題転換をしてきた。
「来週から少し忙しくなるから」
「そうなの?」
「ドラマの撮影がはじまる」
「えっ!ドラマ?!」
そんなに驚く?と剛くんが笑う。
いや、驚くところだ。
確か前回のドラマは3年前くらいだっただろうか。
あの時やっぱりドラマより舞台の方が好きだと言っていたから、もうドラマはあまりやりたくないのかなって思っていた。
「ドラマ楽しみ!どんなドラマなの?恋愛系もたまには見たいような見たくないような……」
「恋愛系に俺が需要あると思う?」
聞かれて、数秒思案した後ないかな!と笑顔で答えてあげる。
それを聞いて若干イラっとした表情をしたのを私は見逃さない。
「それでどんな役なの?まさかまた殺人鬼じゃ」
「違う。探偵」
探偵、と聞いた瞬間、雅紀が今度ははっきりと私の脳裏に浮かぶ。
今頃彼はまだ撮影をしているかもしれない。
そうだ、まだLINEの確認をしてなかった。
まとまらない思考のまま黙っていると剛くんが車の窓を少し開けて、煙草に火をつけた。
剛くんの煙草の匂いを吸い込んで我に返る。
「探偵……やるのって2回目ね?」
「食いしん坊探偵な」
「なつかしいね」
「あの時共演した小学生が22歳になってんだぜ?」
「やだ怖い……!」
苦し紛れに出た話題は過去に剛くんがやった探偵ドラマの話だった。
その話題が思ったより盛り上がって安堵する。
でも私の心の中は未だざわついたままだ。
髪型が若干伸びて、整えて帰ってきたと思ったら雅紀よりの髪型になってた時も驚いたけれど、今回もなかなかの衝撃だ。
こんなに符合することがあるだなんて、運命的なものを感じずにはいられない。
運命の赤い糸なんてものがもしあるなら、きっとぐちゃぐちゃに絡まってるんじゃないだろうか。
「それで少し忙しくなるからそんな構えなくなると思うけど」
「いつもそんな積極的に構ってくれないじゃん」
「最近構ってあげてただろ」
雅紀が貴族でより忙しくなってから、自然と剛くんと過ごす割合が増えた。
それはやっぱり寂しいから。
雅紀となかなか触れ合えない現実が寂しくて、剛くんのマンションに行く回数が増えた。
そんな剛くんも忙しくなるというと、私はどうやって行き場のない気持ちをやり過ごそう。
櫻井家にでもお邪魔しようか。
気づかれないように息を吐いて、携帯を取り出した。
LINEを開くとやっぱり私の貴族から連絡が来ていた。
自然と緩む口元。
剛くんが運転中で良かった。
『ごきげんよう。貴族探偵の公式LINEができたので登録よろしく』
番宣かよ!という突っ込みを心の中で入れて、素直に公式LINEをともだちに追加する。
公式に登録せずとも、貴族自身が情報を教えてくれたらいいのにと思ったけれど、雅紀も忙しいだろうし。
現に前より連絡の頻度は減っている。
『ごきげんよう。登録したよ。撮影がんばってね』
短く、ありきたりな返事を送った。
貴族ごっこしたことが随分前に感じる。
そういえばに貴族ごっこしたんでしょ?と聞かれた時はアイスティーを噴き出しそうになった。
どこまで知っているのかと恐る恐る聞いたら、詳しくは知らないけど性的な雰囲気を感じると言われる始末。
間違いではないんだけれど。
車がマンションの地下駐車場に到着した。
シートベルトを外してから、なんとなく身を乗り出して剛くんの顔を両手で掴むと、ちゅっとひとつキスをした。
あんまり驚いたりしない剛くんの瞳が少し揺れた気がした。
「なに、急に」
「なんとなく?」
剛くんが私の頭をぽんぽんと撫でる。
しばらく忙しくなることで、私が寂しがっているのかと思ってくれたのかもしれない。
そう思ってくれた方が都合が良いから、私はされるがままにもう一度唇を寄せた。
2017/3/24 18号