ドキピー

あのことは当分ひみつ

あの人が出演する映画「結婚」のメインビジュアルが解禁となった。
結婚詐欺師のあの人が指輪を差し出してくるその様は、すべてのファンがすとんと落ちてしまいそうで、それなのにあの人は少し不敵な笑みを浮かべている。
騙されてもいいとか考えてしまう。
以前にそう本人にこぼしたら「騙すのとか嘘をつくのは好きじゃない」というようなことを言われた。
隠し事すら嫌うあの人には、わたし自体がグレーな存在なのかもしれない。


「結婚詐欺って本当にあるのかな」


目の前の男性にそう告げると、年齢より落ち着いた目つきで見返され


「あるんでしょ、よく捕まってるし」


冷めた口調でそう返ってきた。


「残念ながら現実の話ではないの」
「久しぶりに会っていきなり。 何かの影響?」


最近相葉ちゃんはドラマが忙しくてと会う時間がないよと泣きのLINEをしてくる。
はうまく二人とやってる。
翔くんはあの人のこと恐らくなんにも気づいてなくて…なんだかいろいろと込み入ってて、でも綺麗に物事は進んでて、それが脆く崩れることが今はまだないからリスクの高さをいまいち感じられない。
そして忙しくなった相葉ちゃんと遊べなくて、わたしはとても久しぶりな人とご飯を食べている。
大晦日の日テレを賑わせた男だ。


「そう言われてみればだいぶお久しぶりだよね、サンシャイン斎藤さん」
「みんな未だにそう言うけど、サンシャインは俺じゃないからね」
「似てるよね、けっこう」
「メイクで似せてたんでね」
「すべてのセクシーの生みの親なんでしょ?」
「いやいや」


低い声で否定をしてくる。
結婚詐欺師の映画の一方で、世の女性を虜にしたあの不倫ドラマが映画化、公開にあたり、その映画もお知らせが忙しいだろうに、久しぶりに誘ったらぽいっと着いてきた。
たくみくんの付き合いの良さは知り合った時と変わらない。


「収録で嵐とババ抜きしたよ」
「そうなの?OA見ないとだね」
「櫻井くんのこと、ちゃんの彼氏かぁと改めて思いながら見てた」
「絶対うそだよー思ってないでしょー」


翔くんとは絶対に来られないパクチー専門店で食事をとりながら、たくみくんはわたしの知っているどの男性よりも落ち着いたトーンで話す。
不倫したことないけれど、わたしはそのドラマにはハマってしまったのだった。
叶わぬ恋はいつも女性の心を熱くする、当時も今もそういう気持ちは大して変わっていない。
知り合ったのは共通のお笑い芸人の友達を介して。
知人が同じ映画に出ていたりもしたので話をするようになった。
その時しばらく頻繁にやり取りはして、たまに映画を観に行ったりおうちに行ってDVDを見たり、そしてそれは翔くんには内緒。
わたしがあの人に夢中になって以降はごくごくたまに連絡を取り合っていた程度だけれど、関係性は本当に何もないクリーンなお友達だ。
その時点で浮気と言う人もいるかもしれないけど、おでかけ程度ではそんなことはないとわたしは思う。
わたしは翔くん一筋だもの。
一筋だったもの。


「この後どうしますか」


会っていなかった期間を気にしたのか少し他人ぽい口調でたずねられた。
くせのあるパクチーの葉っぱを頬張りながら、


「歩いてたくみくんの家に行って何か映画観る」


提案したら、微笑んだ顔はドラマの役柄の北野先生だった。

夜の道を歩きながら肌寒いのでふざけて少しくっつく。
アルコールを摂ったその肌は少しあたたかく、大きな手が無防備なわたしの手を強く握った。
ちょっと驚いて見上げる。


「どうしたの?」
「手、冷たいなって思って」


パクチー栽培キットを買ったけれど開封していない話。
最近の仕事の話。
ここ数ヶ月で聴いた音楽の話。
これから観たい映画の話。
あいた時間を埋めるように、歩きながらひとつずつ丁寧に会話を紡いだけれど、話しながら、自分の会話にはぜんぶあの人の影が潜んでいることに気づいてしまった。
返答する穏やかな口調はあのよりひとつ下のくせにもっとずっと上のようだ。
なんでわたしはこの人のことをごはんに誘ったんだろう。
喋れば喋るほどわからなくなって、でもじきにやっぱりわかった。
あの人にしばらくに会えてないから、わたしは今さびしい。
もしかしたら週刊誌に何か書かれてつらい思いをしているかもしれないのに。
かといって、たぶん翔くんとの時間とは少し違う色が欲しい。
要は利用してるのだって。


「あれっ、大丈夫?たくみくん」
「うん」
「酔っちゃったの?」
「なんか気持ち悪い」
「えっ、あっそういえば弱いんだったよね、なんで飲んだの」
「ちょっとかっこつけた」
「なんでかっこつけるの〜」


ふらついたその手がわたしの肩越しに建物の壁に手をついている。
妖怪壁ドン男、とってもナチュラルに。
壁ドンなんてされたことないから、端正な顔つきの男性にそうされていることにドキドキしてはみたいけれど、本気で具合が悪そうだ。
仕方がないから歩いてすぐのマンションまで、手を引いて久しぶりの道を引っ張っていく。
うなだれるたくみくんのコートから鍵を出して、お部屋まで大きな体を引きずって、お水を飲ませて。
呼び出した手前ちょっと責任を感じていた。


「ごめんもう大丈夫。ありがとう、ちょっとすっきりした」
「ほんとに大丈夫?」
「眠い」
「もぉう、子供みたい」


あ、と思ったときには遅くて、たくみくんの体がくたっとわたしを巻き込んでベッドに倒れ込んだ。
耳元で低い声がする。


ちゃん、好きな人できちゃったの?」


当たりすぎていて思わず反論しようと思ったらもう寝息だけだった。
会話のふしぶしに出てしまったのかな。翔くんのこと好きじゃなくなったわけではないんだけどな。
重みで動けなくて、スマホだけなんとか確保して翔くんにはの家に泊まると咄嗟に嘘のLINEをした。
急な外泊なんて滅多にしないから、あとでにはうまいこと言って口裏合わせてもらわなくちゃ。
すっかり寝てしまっているたくみくんの手が胸に触れる。
ふいに何かを覚悟したけれど、待てども何も起こらずに、わたしもじきに眠ってしまった。


外が明るく白んだ夜明けに一度起きたとき、わたしたちの体勢はほとんど変わっていなくて…強いて言うならきちんと毛布をかぶって、覆い被さられていたはずのわたしの方から軽くくっついていたくらい。
二人ともきちんと服を着たまま。
すやすやと寝息を立てるその寝顔を見ていたら、あの人の家に行って夜を過ごしたことを思い出した。

好きな人ができた。

案外久しぶりに会う人の方が変化に気付くのかもしれない。
もっと朝になって目覚めたらたくみくんは既に起きていて、わたしは自分の身に何も及んでいないことを確認した。


「おはよう。ごめん、迷惑かけたね」
「変にかっこつけなくていいのに。たくみくんはそのままでかっこいいよ」
「そういうこと言ってると、勘違いされちゃうよ」
「何が?」
「そういうのもある意味結婚詐欺につながるかも」
「そうなの?」


スマホを開きたくさんのLINEの新着を慌てて開封していると、たくみくんが横にスッと座って画面を覗き込んだ。
隠す画面ではなかったので、そのまま翔くんにメッセージを送る。


「友達の家に泊まったことにしたんだ」
「間違ってはいないよね?」
「男と女だけどね」
「何もなかったもん。あーあ、お化粧したまま寝ちゃった」


しまった。何もなかったとか言わなければよかったかも。
間違いが起きそうな雰囲気になっている。
そっとやわらかく唇が触れた。
頬は熱く心臓は大きく鼓動を鳴らす。
急にその鼓動が早く、ドキドキドキドキという音が体の外に漏れてしまうのではないかと心配になったほど。
そうだ、もちろん何もないと思って来たけれど、最初から相葉ちゃんの家に行くときとは絶対に違う気持ちだった。


「たくみくん」
「…やめとく?」


断る余裕は残してくれたけどわたしは首を横に振ってしまった。
たくみくんは利用されてることにもたぶん気づいてる。
この瞬間わたしはあの人に会いたい。


「あっ、あの、ひみつにしてね」
「言う人いないじゃん」


騙すことも隠すことも嫌い。
あの人の考えに反することをする自分が許せなくて。
違う人と深く口づけ直して、違う色が欲しいというだけでこうやって崩れていく貞操観念が浮気なんだって、少し涙が出た。




2017/3/29 6号