熟したプラムは地に落ちる
今日がお休みでよかったなと思う。
翔くんと付き合ってから、初めて他の人とこんなことになってしまった。
つい先ほどの出来事を鮮明に思い出すと甘いような苦いような痛みが胸を刺してくる。
暖かい肌に触れ、ぼんやりと流れているDVDを見ながらインスタグラムを開くとあの人の投稿が目に飛び込んで来た。
いつもの投稿と明らかに違う。
聖書の言葉。
嫌な予感がする。
『ディーンさん。元気ですか』
LINEメッセージを送ると意外にもすぐに返事が返って来て、わたしは一瞬だけ挙動不審になったかもしれない。
『おはようございます。ちょっと微妙かも』
視線を感じてわたしは毛布の中に潜り込んで返事を打った。
『何かあったんですか?』
『それなりに。さん今日お休みですか』
『おやすみです。あの、わたしどこでも行きます』
『うちに来れますか?僕も今日休みなんですけど、ちょっと外に出たい気分ではなくて。タクシー代は出します』
まさか。
わたしは毛布から首だけ出した。
「たくみくん。わたし、行かなくちゃ」
「あ、うん。…え、櫻井くん?ばれたの?」
「ううん、違う」
「そっか。何のお構いもしなくて」
自分勝手な自分の行動にかなり申し訳ない気持ちになった。
今度は下に落ちている下着を取ろうと毛布から手だけ出す。
その手をぎゅっと掴まれた。
「どうしたの?」
「シャワー浴びていきなよ」
「いいの?」
「好きな人のところに行くんじゃないの」
「えっ」
「俺の匂いがついてるとか、ちょっとやじゃない?」
さすがに深読みしすぎとはいえ、半ば見透かされている気がする。
わたしはどんな顔をしたんだろうか。
「好きな人だなんて…お友達だよ」
「顔に書いてあるよ。ちゃん、割と顔に出やすい」
「そ、そそそんなことないよ」
本当、そんな関係ではないのだけど。
あの人がわたしをこんなふうに呼び出すのは本当にめずらしいし、文面は何だか元気がない。
LINEのやり取りは少しあったけれど、前回通話をして以来深い話はしてないし。
髪を乾かしながら送られてきた住所を確認して、急いでタクシーを呼んだ。
「鍵、いる?」
「なんて?」
「鍵。うちの」
ごく軽い感じでマンションの鍵を渡された。
キーケースを翔くんが見ることはまずないので鍵をばれることはないだろうけれど、数年こういう経験がなかったので戸惑ってしまう。
「たくみくん彼女とかいないの?」
「今はいない」
「…じゃあ、預かる」
大いなる秘密。
こんなにひみつを抱え込んでわたしのメンタル持つんだろうか。
たくみくんは玄関までわたしを見送って、少し笑った。
「ちなみに、その人とは昼顔なの?」
「ううん。そんなんじゃないの、ほんとに」
「ちゃん思ってた以上に巨乳だった。最低でもおっぱいは触りたいと思ってたんだよね」
「それって前々から思ってたの?」
「うん。柔らかいかなって予想してた」
最後まじめな顔で冗談を混じえ、軽い感じで送り出してくれたのでわたしはなんとなく安心した。
お互いに得をするわけではないので人に喋ることはないだろうし、過干渉もないと思う。
鍵を使っていつでも来ていい…つまりは そういうことなんだろう。
タクシーに乗り込んで、インスタグラムを再度開く。
聖書の言葉は決して難しい言葉で書いてあるわけではない。
英語の羅列なのでぱっと見ると怯んでしまうけれど、わからない単語を調べて組み立たれば真意はともかく言葉の理解はできるものだ。
ただ、こんな投稿をしてわたしを家に呼ぶなんてきっと何かある。
解読し終わった頃には目的地に到着していた。
そしてわたしはとても悲しい気持ちになっていた。
外は昨夜出かけて来た格好では寒くて、スヌードをしていればよかったなと思いながらピンポンを押す。
「すみません、遠いところ…あれっ、家からではないんですか?」
「えっ、なんで?」
「メイクがよれよれ。まさか朝帰りですか?」
「人聞きが悪いです。友達の家にお泊まりしてました」
細かいところ見ているなぁ。
でもよれよれなのはわたしのメイクだけじゃなくて、なんとなく彼もだった。
冗談を言う口調にいつもの元気がない。
飾ってあるパッキャオのボクシンググローブの下をくぐって、2度目の彼のお部屋に足を踏み入れた。
以前から特に散らかっているわけでもなければ、ものすごい変化があるわけじゃない。
ただ、おそらく聖書の言葉をアップした原因のひとつではないかと推測される週刊誌がテーブルの上に置かれていたのに気づいてしまった。
わたしは素早くその週刊誌を手にとって、彼が何も言わずにお茶をいれている間に記事を読んだ。
本当は言いたいことはたくさんある。
まだ生まれたばかりの男の子のお祝いを直接言っていないし、お祝いもまだ買っていない。
でも今日はそんな感じじゃない。
「ディーンさん。気にしないでって言う方が無理だけど」
「うん」
「わたしも叩かれてるから、あ、規模が違うんだけど、でもすごくむかつく気持ちとか、悲しい気持ちとかは理解できる」
「うん」
「ディーンさんにはFamBamのみんながいます。ここにトップスイートもいるでしょ」
柔らかく弱々しく彼は笑う。
いつもと違う雰囲気なのは髭が無精髭だからなんだなぁと気づいた。
「すぐ来てくれるとは思わなかった」
「もう忘れちゃったんですか?わたし、ディーンさんに関してはフットワーク軽いんです」
「そうでした。会うのは少し久しぶりですね。ほんとはこんなことしちゃいけないんだけど」
「ううん…わたし、さっきまで何も知らなかった。でも、あまり悩まないでください」
言うのは簡単なのだ。
気にしないでください、無視すればいいですよ、でもそんなことわかっていても思った以上に言葉は人を傷つける。
「野心が強いのは何にも悪いことじゃないです。わたしなんて自己顕示欲の塊だもん」
「あはは」
その微笑みに、これ以上の言葉はいらないだろうなと思ってわたしは口を噤んだ。
奥二重の瞳が少し不思議そうに丸くなる。
「なんでさんが泣いてるんですか?」
「えっ!あっ、やだ、止まらない」
もし彼が悲しいのならわたしも悲しい。
思わず彼の胸に飛び込んでしまった。
どっちが元気をつけたいのか。
困ったようにその手はわたしを抱きしめることはなく宙をうろうろと彷徨って、しくしく泣くわたしの髪をたったの一度だけ撫でた。
2017/3/31 6号