ドキピー

心地よい幻影

しあわせな夢を見ていたような気がする。
どんな夢かははっきり思い出せないけれど、あったかくて、心配することなんかなにもなくて、ずっとそこにとどまっていたくなる。
私は眠っていてそれは夢なんだってぼんやり理解したけれど、もう少し眠りの心地良さにひたっていたくて意識を手放そうとした。
なのにそれを許さないかのようにけたたましく枕元から電子音が聞こえる。
LINEからかかってくる電話のおなじみの音だ。
さっきまでの心地良さが一瞬で霧散してしまった。
それでもまだ目は閉じたまま枕元のスマホを右手で掴んで、誰かの確認もせずに電話に出た。


『……まさかまだ寝てた?日曜だからっていつまで寝てんだよ』


電話口から聞こえる声は剛くんで一気に眠気が覚めた。
それから自分が今どこにいるかを思い出して血の気が引く。
私が寝ているのは雅紀のベッドだ。
ついでに身に付けているのはパンツ一枚とキャミソールで、自分の家の布団よりもやけにあったかいからちっとも寒くなかった。
雅紀はとりあえず隣にいなくてほっとする。


「今何時?」
『昼前。寝すぎ』
「剛くんなにしてんの」
『仕事、休憩中』
「おつかれさまです」
『LINEなかなか見ないからどうしたのかと思って』


剛くんが連絡をしてくれていたことに全く気づいていなかった。
そういえば雅紀のマンションに来てから一度もスマホを見ていない。
布団にくるまったまま反省する。


「ごめん。昨日の家に行って帰ってからすぐ寝ちゃったみたいで」
『別にいいけど。怒ってんのかと思ったじゃん』
「え?なんで?」
『しばらく会えそうもないって送ったから』


ますます反省してしまう。
私が怒って未読スルーしているのかと勘違いして、こうして電話をかけてきてくれたのかと思うとちょっと泣きそうになった。


「怒るわけないでしょ。久しぶりのお仕事なんだからしっかりがんばってきてよね!」
『言い方にトゲがあるな』
「そのかわり終わったらお寿司連れてってね」
『はいはい。じゃあそろそろ戻るから』


電話を切って再びベッドに倒れこんだ。
とりあえず着替えて顔を洗いにベッドルームから出なくては。
リビングに雅紀の気配はないからとっくに仕事に出かけたんだろう。
洗面所に行くと、これみよがしに未開封の歯ブラシが置かれていた。
用意が良い……私が使うと見越して置いて行ってくれたんだろうか。
ついでにお風呂にも入らせてもらうことにして湯船にお湯を張ることにした。
お湯が溜まるまで待つ間にスマホを開くといくつかの未読メッセージ。
ひとつは剛くんからのもので、一番最新は雅紀からだった。
時間は朝の7時。朝早かったのにいきなり来てしまって本当に申し訳ない気持ちになる。


『好きにいていいからね。なんなら俺が帰ってくるまでいてくれたら嬉しいなぁ〜』


ひどく雅紀らしい内容だ。
帰ってくるの何時よ、とだけ返事をした。
剛くんに罪悪感を抱きつつも、雅紀からの連絡は嬉しかった。
お湯も溜まったから着たばかりの服を脱いで熱めのお湯に身体を沈めた。
このマンションには何回か来ているけれどお風呂にのんびり入るのははじめてだ。
シャワーは借りたことあったけど。
はぁ、と息を吐いて昨夜のことを反芻する。
泊まって行ってもいいかなって聞いたら雅紀はもちろん良いよって言ってくれた。
ダメなんて言うわけないと分かってて聞いたし、抱き合って眠るのはとても心地良かった。
だからあんなふわふわした気持ちの良い夢が見れたのかもしれない。
雅紀と一緒にいられる時間は泡沫のようなもので、ずっとは続かないのかもしれない。
それでも出来るだけ長く引き伸ばしたい。
お風呂から出ると、雅紀から返事が来ていた。


『今日はてっぺん越えないはず!なるはやで!』


じゃあご飯でも作って待っているね、と返事をする。
雅紀にご飯を作ってあげたことなんてたぶん数えるくらいしかない。
髪の毛を乾かしたらスーパーに行こう。
外は穏やかに晴れている。
夢に見たみたいに私はもう少しここにとどまっていたい。




2017/4/3 18号