ずっと遠くの空は澄んでみえる
雅紀のマンションから一番近いスーパーは普段なら絶対に行かない高級店だった。
仕方なく意を決して自動ドアから中へ入る。
庶民のスーパーとは違って見慣れない食材があったり、品揃えの豊富さは流石だ。
たいして凝ったものは作れないし、作り慣れない物を張り切って失敗もしたくなかったから簡単に出来そうなやつで、雅紀が好きそうなものを作ることにした。
買い物カゴにぽいぽいと必要なものを入れて、お肉売り場でどの豚肉にするか真剣に悩んでいたところで、知った声が背後から聞こえてきた。
「ふーん。さんの今夜の夕飯は豚の生姜焼きですか」
一拍置いて勢いよく振り返ると、パーカーにマフラーを巻いて下はスウェット姿のニノがたっていた。完全にオフの服装だ。
でも今はそんなニノの服装へのツッコミよりも言いたいことがある。
「な、なんで?!なんでいる!?」
「私近所なんですよ。相葉さんともよくここでバッタリ会ったりするんだけど……ああっ!もしかして、それ相葉さんと?」
わざとらしく驚いて買い物カゴの中身を指差してきた。目眩がしてくる。
軽く額に手を当てて小さくため息を吐いた。
「違うから!そんなんじゃないから!ちょっと頼まれたから友達として渋々買い物に来てあげただけだから!」
「え?まじで相葉さん絡みだったんだ!」
大きめの目を少し見開いてびっくりしたようにしている姿は今度は本当みたいだった。
普通に否定すればよかったんだろうか。
自分の判断の甘さに再び目眩に襲われる。
「あれだね。ずいぶん仲良しになったんだね」
「ニノ、あのね、」
「剛くんに言わないでってことなら大丈夫ですよ。私もそこんとこはね、流石にアレしませんから」
「……ありがと。何か買いますか?」
「え~?いいの?じゃあハーゲンダッツお願いしちゃおっかなあ」
「かしこまりました」
手に持っていたちょい高めの豚肉をカゴに入れて、ニノとアイスのコーナーに向かう。
完全にしてやられた考えすごい。
それにしてもここがニノの縄張りだったなんて想定外だった。
「ニノは休みなの?」
「そうよ。だからこの後一歩も外へ出ない為の買い出しに来たわけよ」
「流石ですね……」
ニノの買い物カゴにはビールやらポテチやチョコのお菓子類やおつまみなど、完全に引きこもる気まんまんなラインナップが詰まっていた。
アイドルとは思えない寝癖のついた髪の毛そのままに買い物に来るなんて、流石ニノと感心してしまう。
それからは特に雅紀とのことを追及されたりはしなかった。
ハーゲンダッツ分の回避はできたってことなんだろうか。
アイスを渡してニノと別れた。
なんだかすごくどっと疲れた気がする。
雅紀が帰ってきたのは本当にそれほど遅くない時間だった。
リビングのドアが勢い良く開いた時、私はソファーの上で体育座りをしてテレビを見ていた。
「あ、おかえり」
「ただいま」
至極ナチュラルに挨拶を交わして、ご飯食べるよね?と聞いてから立ち上がってカウンターキッチンの方へ向かうと、雅紀はその場に突っ立ったまま私の動きを目で追っている。
「どしたの?座れば?」
「帰ったら普通にが居ることに感動しちゃって」
「大袈裟な……」
と、苦笑交じりにお茶碗にご飯をよそっていると、いつの間にか隣まで移動してきた雅紀に両肩を掴まれた。
お茶碗としゃもじを持ったまま何事かと顔をあげる。
「!ずっとここにいてよ!」
すごい事を言われている気がする。
何と答えればいいか分からなくて、雅紀を見上げたまま固まってしまった。
いつの間にか雅紀は20代の頃に比べたらすっかり落ち着いた雰囲気で、最近髪の毛を黒くしたせいもあるのかもしれないけれど、その感じがたまらなく好きだなぁと見つめながら思った。
「ごはん、まず食べよ」
「そうだね!お腹へった!」
パッと雅紀が手を離したかわりに私の手にあったお茶碗を受取ってくれた。
特に私が何も言わなかったことは気にしていない風で、ダイニングテーブルでもりもりとご飯を食べている。
「は食べないの?」
「うん。食べたら眠くなっちゃうし」
「泊まってけばいいじゃん」
「やだよ。ずっといたくなるもん」
「だからずっといてよ」
さっきの話に戻ってしまった。
ずっとっていうのはつまりは永遠にってことなんだろうか。
剛くんにそんなこと言われたことあったっけ。
そもそも剛くんはそうそう甘い言葉なんて言ってはくれなくて、でもたまにくれる飴がすごく甘い。
雅紀はその時思ったことを素直に言ってくれる。
だから嘘がない。本気できっとそう思ってくれているのが分かるから、軽率には答えられない。
「スーパーでニノに会ったよ」
「まじ!?俺もよくバッタリ会うんだよね」
「そういうことは早く言ってよ。びっくりするじゃん」
「ごめん!大丈夫だった?」
「まあ、なんとか切り抜けたと思う」
ハーゲンダッツ買わされたけど。
雅紀が全部食べ終わって、ごちそうさまをするのを見届けてから食器を下げに再びカウンターキッチンへ向かう。
疲れているだろうから、洗い物もしていってあげよう。
スポンジに洗剤を泡だてたところで雅紀に背後から抱きしめられた。
うなじにちゅっとキスされて少し身体がはねてしまう。
そういうことされると無条件にドキドキしてしまうので、それを隠すかのように振り向いて少し睨んだ。
でも全く効果がなくて、そのままキスをされてしまった。
帰らなくちゃ。
雅紀からのキスを受け止めている間、流されてしまわないようにしなくてはと考えながら目を閉じた。
2017/4/6 18号