ドキピー

微笑みがあらわす哀憐

目を開けた時、視界に映る天井は見慣れない天井ではなかった。
右隣に視線を移すと剛くんがいつも通りうつぶせで寝ている。
昨日は剛くんからオムライスが食べたいから作りに来いとお呼びがかかって、そのまま泊まったんだった。
撮影はかなり早くからはじまっていることもあって一旦は落ち着いたみたい。
しかし私はといえば今日は月曜日だし仕事に行かなければならない。
まだ寝息を立てている剛くんのベッドを抜け出して、加湿器のお水が少なくなっているから替えてあげる。
俳優業中は特に喉に気を使っているから今も剛くんはマスクをつけて眠っている。
寝苦しくないのかしら。
風邪ひいた時とかマスクをして寝たことあるけど、朝になったらいつの間にか外れていることがほとんどだけど。
加湿器の水を足してから、リビングに向かって天気予報を見ようとテレビをつけた。
すると、大画面にいきなり雅紀のアップが映し出される。
朝の情報番組に何故雅紀が??と思ったところで、ああそうか今日からかと納得する。
雅紀の主演するドラマが今日からだから一日中番宣するに違いない。
朝すごく早かったんだろうな、なんて思いながらぼーっとテレビに映る雅紀に見入ってしまって起きてきた剛くんに気づけなかった。


「相葉ちゃんじゃん」


すぐ隣で剛くんの声がして思わずビクリ!としてしまう。


「お、おはよう」
「番宣?がんばってるな」
「そうだね」
「なんだっけ、貴族が探偵するんだっけ」
「そうだね」
「月9?すげーな大変そう」
「そうだね」


そうだねしか言えていない!と心の中で自分に突っ込みを入れつつ、雅紀の話題が続くとものすごく居心地が悪いから話題を変えようと試みる。


「剛くんも番宣出るの?」
「たぶん」
「楽しみにしてるね!あ、なんか飲む?」
「コーヒー」
「えっ!?!」


今私の聞き間違いじゃなければコーヒーと聞こえた気がする。
剛くんはコーヒーが苦手だったはずだけれど。


「コーヒー牛乳の間違いではなく?」
「コーヒー」
「なんでー?!いつの間に飲めるようになったの!?」
「最近。ハチミツいれたら結構うまくてはまった」
「まじで……」


それでも結局甘いのが良いのかハチミツをいれるあたりが剛くんらしくて安心した。
そりゃあ好み趣向なんてものは時が経てば変わることだってある。
私が雅紀を昔よりも遥かに好きになっているみたいに。
こんな気持ちになる日が来るなんて想像もしていなかった。
言われるままインスタントコーヒーを淹れている間に雅紀の出番は終わっていた。
きっと夜まで雅紀の番宣は続くんだろう。


剛くんのマンションを出て電車に揺られながらスマホを確認すると雅紀から連絡が来ていた。


『今日は20時までには帰れるから家に来てよ』


男の家をハシゴするなんて如何なものか。
剛くんとの朝のやり取りを思い出す。
もし雅紀とこんな風になってなかったら普通に幸福な朝の風景だ。
なのに私は雅紀からの誘いに行かないという選択肢はもはや存在しない。
『ニノに見つからないように行くね』と返した。





私が仕事を終えてマンションに着いた時、ちょうど雅紀も帰宅したばかりだった。
私よりも早起きをして、なんならほとんど寝てないだろうにそれでも私を迎え入れる雅紀は笑顔だ。
思わずその笑顔に両手を添えて下からじっと目を覗き込んだ。


「大丈夫?疲れたでしょ?」


朝から生放送に出る度に笑顔で元気に振る舞うって結構神経使うんじゃないだろうか。
だから私といる時までそんなニコニコしていなくてもいいのに。


「全然大丈夫だよ。なんていうか慣れ?このくらい忙しいのにはだいぶ慣れてますから」


あっさりと否定されて、添えた両手は雅紀の手に繋がれて鼻先にキスされた。
そして更にニコニコと、いや、ニヤニヤとしている。


「気持ちわる……」
「ひどいよ!が俺のメンタルの心配までしてくれて嬉しかったのに!」
「メンタルといえば、も仕事大変みたいでけっこうやばめみたい」
「そうなの!?心配!あとでLINEしよ!」


手を引かれて柔らかいソファーに座らせられる。
そこからテキパキと雅紀は缶ビールを用意して、お皿にビスケットを並べて持って来た。
お酒を飲みながらビスケットを食べるのが良いらしい。


と一緒に観れるの嬉しいなぁ」
「まさか私も貴族の中の人と観ることになるとは思わなかった」
「舞台で言うところの初日乾杯ですよ」


缶ビールのプルタブをプシュリと音を立てて開けてから乾杯する。
美味しそうにビールをごくごくと飲んでから、自分の出ている番宣のクイズ番組を楽しそうに笑いながら見ている。
なんでこうもこの子は天真爛漫なんだろう。
かと思えば年相応の大人な顔もするし、私の心臓はいちいち色んな雅紀の表情に反応してしまう。


「ちょっと……そんな見つめないでよ」
「見てないよ。自意識過剰だよ」
「嘘だね、絶対見てた」
「なんか……付き合ってるみたいだね」


思わず、口に出してしまった。
雅紀の動きがピタリと止まって、端整な唇の端が上がる。
あ、それ好きな顔。
そのまま近づいてきた顔をギリギリまで眺めてから目を閉じた。
アルコールで冷えた唇を感じながらそれがだんだん深くなる。
私の軽率なつぶやきを責めるようにそれは長く続いた。




2017/4/20 18号