ドキピー

これさえあれば幸せ

たくみくんと昼間からそれこそ昼顔的な陰なことをしていたわたしがいつもの場所に到着したときには、彼の立っている姿がもう遠目に見えて、陰な雰囲気は一気に吹っ飛んで春、ああ春だという気分になった。
その姿形はとても整っていて、桜が咲いた通りの中で、ラフなパーカーの青がピンクにきれいに溶けていた。


「ディーンさん!ごめんなさい、待ちました?」
「待ちました。遅いです」
「すみません」
「嘘です。食事をとってたので、実際はそんなに待ってない」


なんでそんな嘘つくんですかとかじゃれようとすると、迷いなくわたしの行きつけのカフェに足を向けてくれる。
前回直接会ったときには彼はすごく元気がなくて、その後は普通のやり取りをしている。
忙しそうではある。
充実もしていそう。
元気は取り戻したようにも感じるけど、実際はどうなんだろう。
それこそ今どこにいて何をしているのか、報告し合うような仲ではないからわたしとしてはとても気になる。

さっきたくみくんはわたしがシャワーを終えるとタバコも吸い終わっていて、不思議とお部屋は無臭だった。
翔くんのタバコの方が強いのかわたしの鼻がばかになっているのかわからないけど、とにかく急にごめんねと言うわたしを送り出して、またおいでって低い声で言った。
またおいでって彼には言われたことないから、今日みたいに誘ってくれるとすごく嬉しい。
いつ空いているのかわからないから、なかなか誘えないし、断られると傷ついちゃいそうだもの。
もっと早く会いたかった。
桜が満開の時期を逃してしまった。


「けっこう葉っぱになっちゃってる」
「それはそれで。お花見しました?」
「してない」
「じゃあこれがお花見ということにしましょう」


その一言、一瞬で葉桜でも良い気分になる。
なんとも都合の良い頭のつくりをしていると自分で自分を褒めてあげてもそろそろ怒られない。


「大丈夫ですか?最近。元気ない感じがする」
「わたし?」
「他に誰かいますか」
「ですよね…少しストレスがたまっててしんどいです」
「発散する捌け口というか、そういうのがあった方がいい」


自分だってこないだ弱っていたくせに。
そんなことは言えるわけもなく、恨めしい目つきで見ると、こわいこわいとふざけた口調で返事が来た。
自然とピンクの花の下を歩いていると歩調がゆっくりと速度を落とす。
カフェにまだまだ着きたくない。


「ミット打ちしますか」
「えっ、なにうち?」
「ミット。ボクシング。汗もかくし、ストレス発散になるかも」
「ディーンさんミット持ってくれますか?」
「うーん、タイミング合えば。弱そう、さんのパンチ」
「猫パンチ!」
「弱いなぁ、絶対」


しゅっしゅっとパンチの真似をすると柔らかく笑顔を見せてくれた。
猫耳をつけてパンチしたら少しはかわいいって思ってくれるかな?
バッグの中に猫耳入ってるけど、こんなところで付けるわけにいかないし、おかしな奴だと今さら思われちゃうかも。


「あっ!!!」
「何ですか、急に」
「ディーンさん。わたし、見たんです。映画の予告映像。ついさっき」
「あっ、公開されたんですね」
「即見ました」


たくみくんの家を出てからすぐに見た、映画「結婚」の予告。
なんともたまらない気持ちになった。
見ながら電車の中で少し泣いて、そしたら彼は桜の中で待っていて。
現実と映像を混同したくなる。


「ウルミーは既婚者なんですね。それはまだいいんです」
「はい…うん?」
「ベッドシーンは見られない」
「あはは!どの目線で?」


言葉に詰まってしまった。
わたしは彼とそうなりたいわけじゃない。
でもそういうシーンを映像で見て、何も思わないわけはない。
お芝居でも抱き合ったりキスをしたりした女性がいる。
自分のことはすべて棚に上げて…なんていうか、わからないけど泣いてしまったのだった。


「わたしと結婚詐欺のお芝居ごっこしてくれますか」
「そんなのしたいですか?じゃあ、今度」


今度でいい。
たぶんこの桜の下で、嘘のセリフでも「結婚しよう」なんて言われたらきっとまた泣いてしまうし、最近よく泣く泣き虫だって思われるかも。
困ったちゃん認定は嫌。


「でも櫻井くんより先にプロポーズしていいのかなぁ」
「いいんです。だって、結婚詐欺ごっこだもん」


わたしは櫻井翔の彼女で、みんなそれを気にしてる。
彼の前で、わたしはでいたい。

二人揃って下から桜を見上げる。
少し目をやるとわたしから見えるのは彼の喉仏で、この短い期間に葉っぱまじりでも桜が見られて良かったな。
カフェに着いたら彼はドアを開けてどうぞと先に通してくれて、彼がそんなつもりはなくてももう結婚詐欺ごっこが少しだけ始まっててもおかしくないなと思った。




2017/4/20 6号