月とランデブー
仕事が落ち着いた。
その仕事には約1ヶ月間関わっていて、途中ストレスを吐き出してみんなに相手してもらっていたものの、相葉ちゃんとウォーキングデッド夜会をして以来、自分の時間を持てなくなって心も殺伐として、届いたLINEにも返事せず、あの人への返事のみ朝の4時5時に返す…というような日々がやっと終わったのだ。
「さんなんか顔つきが穏やかになりましたね」
「そうですか?疲れてた?」
「うーん、疲れてたというか、少しピリっとしてたというか。前回顔見た時は、ナーバスな感じが伝わってきました」
ディーン・フジオカ、この人は、忙しいはずなのに、自分のツイッターチェックの際わたしのもまたこまめに見てくれていたらしい。
前によく閲覧するリストに入れたと言っていて、冗談半分なのかと思ったけれど意外にも本当っぽい。
「心にくると誤字が増えますよね」
「ね。わたし自分でも、見返してうわぁって思うもん」
仕事中にツイッターだけはどうしても欠かすことができなかったツールで、なのに内容もさることながら誤字、脱字、日本語の崩壊も今になると恥ずかしいだけだ。
もちろんその仕事だけをしていたわけではないから心はとにかくテンパっていて、自分で打ったのかどうか記憶が曖昧なものすらある。
「僕が日本語忘れかけてたときに近しいものがありますね」
「え、そんなに?」
「そんなにって」
「違う、違うの。ディーンさんのだいぶ前のツイッターって、自分のことを我って言ってたり、その感じけっこう好きです」
長いストローから飲み物がずずずっと上がってきて、それはわたしの好みの甘めのアイスモカだ。
久しぶり…と言っても、実際にはそこまで久しぶりではないのだけど。
わたしの様子を見かねて、なんとお茶でもどうですかと彼の方から声をかけてくれた。
一体最初からどれだけ進歩したんだろう。
断る理由なんてどこにもないので、いつものわたしの行きつけのカフェにて。
「今日のお香いい匂い」
「僕も好きです。日によって違うの焚いてるんですかね」
「たぶん。ディーンさんの好きな匂いはわたし、知ってるもん。これに似てる」
「知られすぎててなんだかこわいですね」
冗談ぽく朗らかに笑って彼も飲み物を手に取った。
彼が少し視線をメニューにやる。
少し申し訳ないなと思うのは、このカフェに小麦メニューが多いこと。
フライドポテトも、サンドイッチもデザートのワッフルも。
「何か食べますか?」
「そうだなぁ、何か軽くつまみましょうか。時間的にがっつりって感じでもないし」
「この、なんちゃらビーンズとアボカドのアヒージョ」
「さんの好きなものでどうぞ。僕は食べられるものだけ」
店員さんに注文をお願いする。
お忍びのお客さんも多くて店員さんともすでに顔見知りで口が固いから、だから何度もこのカフェには来ている。
ただ、翔くんと来たことはない。
今日のはごはん…にはまだ、入らないかな。
小麦の入っていないメニューを増やしてほしいとお願いしてみようかしら。
あーあ、早くフォーのおいしいお店に連れて行ってほしいな。
いろいろと考えて、わたしはこんなに思いが活発なんだとハッと我に返る。
それすら忘れていたんだもの。
「仕事はしばらくはゆっくりできるんですか」
「今月残りは少しペース落としてのんびりします」
「それがいいと思います。人間は、物事に追われていない期間がある方が幸せなんです」
「それってディーンさんの持論みたいな?」
「うん、僕もあんまり人のことは言えないけど」
最近はごはんも喉を通らなくなっていたし、水も飲めなかった。
飲まなかったのではない。飲み込めなかったのだ。
その時は目の前のことしか見えなくて、翔くんが背中をさすってくれたけど、あまり記憶には残っていない。
「でも、望む結果ではなかったの。たくさんの人の期待にはこたえられなかったんです」
「ソーシャルメディアへの課金は、今の時代めずらしいものではないのかなと僕は思います。あまり気にしない方が」
「そうかも。でも、申し訳なくて」
「よくやってるなぁとむしろ関心しました。だから、結果がどうでも誰もさんのことは責めないと思いますよ」
たぶん、彼なりに励ましてくれている。
少し泣きそうになったら、涙が出る前に止められた。
泣かないでくださいね、と。
「泣いたら帰っちゃいますよ」
「え、帰らないでほしいです」
「嘘です。ここにいます。気が済むまで話してください」
疲れと安心で、止めようとした涙はぽろぽろと自然に落ちてしまった。
何も言わずに紙ナプキンを差し出されて、ハンカチとかじゃなくてお店のじゃないと泣きながら笑って、お店のなのでいくらでも使ってくださいとまた冗談を言われて、この時間がずっと続けばいいなと温かい気持ちになった。
この人に奥さんも子供もいなくて、わたしも誰とも付き合っていなくて、もしそうだったらきっとうまくいくって。
そんなこと、思ったらいけなかったのに。
「あ、そういえば、夏のライブ、2日間とも行きます」
「本当ですか。もう一般発売してましたっけ」
「ファンクラブで即買いました。年末のもDVD届きました」
「そういえばFamBamのメンバーでしたね。なんかすみません」
子犬のような目が少し大きく見開かれて、わたしはまた笑ってしまった。
本当にこの人は、ちょっとふわっとしている。
ああでも、きっとこのままだとわたしはただのファンだから、やっぱりこの時間を望める立場でもないのかな。
「Suiteの方にはフォトブックが届きますよ」
「そうなの?」
「はい。…僕、もしさんのファンクラブができたら入らないといけないですね」
「竜雄さん名義ですね」
「そう。本名で。でも郵送物が届いたらそれはそれでちょっと恥ずかしい」
「できないから。何ならグリーティングは直接持っていきます」
「サービス満載ですね」
報道番組で緊張した面持ちを見せたときと、ファンクラブのWeb動画でのリラックスした笑顔と、それとも少しだけ違う笑顔を見せてもらえたので、それでいいか。
いつもよりずいぶんと優しい彼の言葉をわたしはどんどん吸い込む。
帰るまでの時間はただひたすらにあっという間で、店を出たときには月が頭のうえにいた。
2017/5/23 6号