ドキピー

揺蕩うメロソフィア

おうちに行くねと約束してからはだいぶ時間が経っていた。
たくみくんも映画の公開やその他で何かと忙しそうだったし、お互い顔を見るのは、あの人と同じくして久しぶりになっていた。


「ずっとLINE返ってこないから振られたのかと思った」
「ごめん、お返事できなくて。大変だったんだ、ちょっぴり。昨日やっと女友達が家に来てね、楽しかったの」


わたしはいろんな人になぐさめてもらいたいのだろうか。
あんまり忙しいとか大変アピールはしないでおく主義だけど、今回ばかりは言いたくなる。
何かへのプレッシャーで嘔吐したの初めてだったし。
それにしても、あの人に励ましてもらって元気が出たら次にたくみくんのところにすぐ来るなんて、何だかな。
たくみくんは立って飲み物をつぎながら、そういえばとわたしの方を見ずに言葉に出した。


「落ち着いてから、好きな人に会った?」
「好きな人…うん、会ったよ」
「そろそろ寝た?」
「もー!そういうんじゃないって何度言ったらいいの」


ごめんと低い声で謝って、たくみくんは飲み物をついだマグカップを手渡してくれた。
そのスヌーピー柄のマグカップはおよそたくみくんのお部屋には似つかわしくなく、まるでわたし専用みたいで。
毎回飲み物はこれで渡される。
あの人とはそうなりたいとは思ってないの、とわたしがいつか告げてから、たぶんたくみくんはそれを理解したうえで少しわたしのことをからかってるのかもしれない。


「清廉潔白なの。そもそもわたしは相手にされてない」
「好意はあるんじゃないかな」
「ただの暇つぶしの相手だよ」
「なんでその人にはそんな自信なさげなの?もしかして結婚してるとか」


思わずわたしは口を噤んだ。
たくみくんはその一瞬ですべてを察したのか、やっぱり昼顔かぁとわざとふざけて言ってから、意外にもわたしの頭をゆるく撫でた。
翔くんが撫でてくれたときにも思うけど、頭を撫でられるのは絶対に心を許していないと耐えられない。
たくみくんにされるの、嫌じゃない。


「あんまりしんどくなるならやめなよ」


既婚者だと気づいてもたくみくんは責めることはなく、むしろほんの少しわたしを抱き寄せた。
シャツからは柔軟剤の柔らかな香り。
知らない匂いだと少し感じる。
頬をすりすりしたら大きな手がそのまま頬に触れて、顔を見上げたらとても優しく唇をつけられた。
改まったキスになんとなく顔が火照る。


「今日はゆっくりしていけるの?」
「うん。映画の撮影があるから深夜になりそうって」
「まだ夕方だから時間あるね。あとでパクチー食べにいく?」
「いく」


首筋を指でそっと撫でられて体が少し震えた。
フワフワとした気持ちよさがそこにはあって、そしてわずかな期待もあって。
でももう一度キスをしたときに、わたしの携帯が大きな音で鳴った。
LINE電話の音だ。
遠慮がちになったたくみくんに今度はこちらからキスを深めようとしたけれど、それはなかなか鳴り止まず、太鼓の音みたいな妙な音は続いた。


「鳴ってるよ」
「もぉう…誰かなぁ」


無理な体勢でスマホをバッグから出しディスプレイを見て、急に火照っていた体がひやっとするのを感じる。
太鼓の音にあわせるようにドキドキと心臓が鳴った。


「あの、ごめんね、彼なんだけど」
「櫻井くん?」
「うん…出ていい?」


気が利くたくみくんはわたしの体から離れてキッチンの方へ行ってしまった。
少し緊張しながら、でも普通にロック画面をスライドした。


「もしもし、外にいた?」
「あ、ごめんね、お買い物してて」


咄嗟の嘘はどんどんうまくなる気がする。
良くない。


「どうしたの、待ち時間長いの?」
「や、なんか夜中までかかるかなって思ってたんだけどさ」
「うん」
「もう終わった」
「え!そうなの、早いね」
「待ち合わせて飯食わない?」


あ、たくみくんとパクチー行こうって言ったばかりなのに。
目配せすると、やっぱり何となく察してくれたたくみくんはほんのり苦笑いの表情で軽く頷く。


「うん。お買い物、もう少ししてもいいかなぁ?お洋服気になってて」
「いいよ、ゆっくりで。俺も着くまでちょっとかかるし。またLINEするよ」


通話を終えたら、たくみくんが今度は拗ねた顔で近づいてくる。
ほんのちょっと幼く見えて、何と言ったらいいのかわからない。
だって、あまりにもたくみくんに悪い気がして。


「ごめんね、もう少ししたら行かなきゃ」
「遅くなるんじゃなかったの?」
「早く終わったんだって。10ページくらいあるって言ってたのに」


しょうがないね、とたくみくんはわたしの首すじに強めに口をつけた。
あ。
体がびくんと跳ねる。
だめだな、わたし。
すぐに離れた唇がさびしくて、甘えた声を出してしまった。


「やめないで」
「時間ないでしょ」
「あるもん」
「じゃあ、ちゃんと言ってよ。ちゃん」


もじもじとしながら、わたしはたくみくんの奥深い瞳をじっと見つめる。


「たくみくんと、したい」


奥深い瞳に絶対に服従なのはわたしの性だと思う。
たくみくんのやわらかいセックス、好き。


「昼顔ってしんどいよなぁ」


そう言った昼顔俳優の真意はわからず、わたしはひたすらたくみくんに抱きついた。




2017/6/6 6号