ドキピー

コンペイトウ、おやすみ

6月、7月にかけてわたしは芸術の色を深めたと思う。
あの人の映画結婚にも数回足を運んで、ライブにも2日行き、たくみくんの昼顔だって2回見た。
ついでに、好きな別の音楽も聴きにいったから、本当にわたしの心は美しいもので満ちている。

昼顔、初回観たときは映画館を出てから1人でほぼ声を上げて泣いて、ちょっぴり怪しい人になった。
2回めはと行き、わたしのハンカチはびしょびしょになった。

あの人のライブでは2日め、1階のみんなよく見えてるよって言って最初に視線を送った先がちょうどわたしのいる方で、振ってきたハートを受け取って心がぐらぐら揺れた。
結婚を観て、あの人のことをわたしはこんなに好きだったんだと改めて感じてしまって少しつらくなった。
そんな夏真っ盛り。
毎日暑くて汗が止まらない。




「膀胱炎、痛いの?」
「ううん。なんか、トイレに行ったときに変な感じがする。検査したら、白血球が高いし血が混じってるって」
「原因あるのかな」
「わからないの。でも、女子は仕方がないんだって。いっぱい血も採ったよ」


翔くんが今夜も遅いのをいいことに、わたしはたくみくんの家に来てしまった。
遊びにきたらと言われて「いま膀胱炎で」と返事したら、だからどうかしたのかと聞かれた。
そういうことできないのって言ったら「別にしたくて誘ったわけじゃないよ」と返ってきた。
元々、ごはん友達だったこと、わたしの方が忘れてたのだ。

タイ料理屋で翔くんの嫌いな葉っぱをたくさん食べて、そのままたくみくんの部屋に来る。
前回来たときより少し散らかっているみたい。
たくみくんも正直言って忙しい。
テレビを付けたらCMでだって見ない日はない。


「お腹いっぱい」
「夏バテ気味って言ってたのに、食欲はあるんだ」
「タイ料理って、食欲なくてもたくさん食べれる」


勝手を知った顔でソファにごろんと横になったら、たくみくんは大人しく横に座ってテレビを付ける。
元気なバラエティの声はすぐ、何か静かなチャンネルに変わった。
膝によじ登るように頭を乗せると、髪をふわふわと撫でられた。


「よくがんばったね」
「何が?」
「何って。仕事」


まさかたくみくんに褒められると思ってなくて少し驚いた。
いい結果を出せたときもちろん翔くんは喜んだし、あの人にもすぐにLINEした。
そうしたら同じように「よくがんばりました。ふぁっちょい!」と褒めてもらったのだ。


「結果良かったけど、大変だったの!ストレスのかたまりかも」
「ストレスでも膀胱炎になるらしいよ」
「そうなの?なんで知ってるの?」
「少し調べた」


低いトーンで言ってから、涼しい顔をしてケーブルテレビの映画を見ている。
が、たくみくんをテレビで見て、背が高いと言っていた。
改めて考えるとそうなんだけど、あの人も長身で、たくみくんも長身で、そんな男性と横に並ぶことが増えたので感覚が麻痺していたし、あのときたくみくんの話題が出たこと自体で焦ってしまった。
つい名前で呼びそうになって喉の奥まで引っ込めたりして。


「たくみくん」
「どうしたの?」
「したいよね?」
「平気だよ」


膝に頭をこすりつけると苦笑されて、胸にだけ大きな手のひらが控えめに触れた。


「これでじゅうぶん」


そう言われるとそんな気もするし、そうでもない気もする。
何しろ気に入らないのはあの人が映画の中でいろんな人とたくさんキスしていたからで、それをたくみくんにぶつけているのかも。
最後に消えてしまうまぼろしのような儚い気持ちが強いけど、あの人の…ウルミーのラブシーンには相手の女優に対してなんとも言いようのない気持ちが宿った。
早く顔を見たい。
だからって、たくみくんにそんなことは言えない。


ちゃん、櫻井くんと今日チューした?」
「うーん?してないかも。起きたらいなかったし」
「じゃあ、好きな人とは最近した?」
「まさか!そういうんじゃないし…それに、会えてもないもん」
「会ってないんだ」


たくみくんの大きな手はわたしの頬に触れ、そのうちキスされるのかなと思って待っていたけどされなかった。
犬猫をかわいがるみたいにふにふにされて、しばらくしたらたくみくんは立ち上がってキッチンに行ってしまう。
何か期待した自分が恥ずかしくなって起き上がってぼやっと映画を見ていると、スヌーピーのマグカップがわたしの前に置かれる。


「今日、泊まっていく?」


目線を合わせず問われた。
その声色が少しだけたくみくんというか昼顔の北野先生みたいで。
どうしてそんなこと言うの。
消えてしまうような気がして、急に胸が痛くなった。


「泊まる」
「家は大丈夫?」
「友達の家に泊まるって言う」
「…まぁ、間違ってはないか」


翔くんにLINEをしたら何も詮索されることなく了解って一言返ってきた。
別々にお風呂を上がってから同じベッドで寝たらたくみくんはようやくわたしの唇に控えめなキスをして、でもそれ以上は望まなかった。
やわらかい気持ちで小声でおしゃべりしていたら、わたしの方がいつの間にか眠ってしまったみたい。
浅い意識の中で小さな花火があがる。
薄色の、たくさんのきれいな飴玉が弾けるようだった。
消えてしまうのはこわいから、たぶん今夜はこれで良かった。




2017/8/7 6号