震える背中は誰のもの
彼女だってコンサートを観に行くこともある。
芸能人の彼女がSNSで付き合ってることをにおわせて、炎上している事案をよく目にするようになった。
恐らく恋をするとバカになるからそんなバカみたいなことやっちゃうんだろう。
だからしょうがない。だってバカなんだから。
そんな私も剛くんと付き合いはじめの頃は声を大にして私の彼氏は剛くんでーす!って触れて回りたかった。
そして今久しぶりにその時と同じ気持ちになっている。
ライトを浴びて歌い踊る剛くんはやっぱりかっこ良くて、王子様みたいな衣装を着ている時は本当に王子様みたいだった。
思わず王子様だ、って呟いてしまったほどだ。
そんな余韻で頭の中がぽわぽわして胸がいっぱい。
雅紀から今日会えないかって連絡が来ていたんだけれどちょっと…用事が…って返信したら何か察したらしくて楽しんできてね!って言われてしまった。
その後はなんとなく返事をできないままでいる。
「剛くんすごいね!やっぱりアイドルはいくつになってもアイドルなんだよ!」
「悪かったなおじさんで」
「違うよー!褒めてるんだってば!」
コンサート疲れしているであろう剛くんの肩を揉んであげると、もっとやれと目で訴えられたので続けてあげる。
連日横浜アリーナなので帰るのが面倒くさいからと近くにホテルをとって、私も一緒に泊めてもらうことになった。
剛くんの肩を揉んで思うのは、頭がすごく小さくて髪の毛がやたらサラサラなのと、本当に身体が華奢だ。
そして長く伸びた髪を少し前にバッサリと切ってしまったから余計にそこに注目してしまう。
襟足が刈り上げられていて、そういえば雅紀も綺麗な刈り上げだったことを思い出す。
思わずその刈り上げを無意識に撫で上げてしまった。
剛くんの肩がぴくりと跳ねる。
「あ、ごめん。つい」
「くすぐったい」
「ずいぶん短くしたよね。パーマも悪くなかったよ?」
「が切れってうるさいから切ったんだけど?」
「えっ…そうなの?!役作りじゃなくて?!」
私の言うことを聞いてくれるなんて珍しすぎて、気づいたら後ろから思いきり剛くんを抱きしめていた。
好き、好き、大好き。やっぱり私はこの人から離れられそうもない。
「なんだよ。最近泊まってかないで帰るくせに。そんなに惚れ直したの?」
「うん」
「即答かよ」
剛くんが楽しそうに笑った。だって本当に本当にステキだった。
お願いだから一生アイドルでいてほしい。
舞台に夢中になってお芝居をしていても良いから、アイドルでいてほしい。
「剛くん、キスしてもいい?」
背中から抱きしめて肩口に顔を埋めたままそんなことを言ってしまった。
口走ってから恥ずかしくて耳まで赤くなっているのが分かる。
私の胸の鼓動がうるさく鳴っているのが剛くんの背中に伝わっているのも分かる。
ベッドに腰掛けていた剛くんが振り返って、私をそっと倒した。
顔の両側に手をついて私を見下ろす目は少しだけ躊躇っているように見える。
「色紙に……」
「は?色紙?コンサートで投げたやつ?」
「うん。アレに剛くんがたくさんたくさんキスしてたの思い出した」
色紙に一度キスを落としてから客席に投げることはよくあることだけれど、今日は何度も何度もキスをしてから投げていた。
剛くんがファンのみんなを大好きだって言葉にしなくても伝えているみたいで。
泣きそうになったんだった。彼のそういう深いところで優しいところが好きだなって思って、つまりだから私も剛くんにキスがしたい。
両手を伸ばして剛くんの頬を包み込んで引き寄せた。柔らかい剛くんの唇はあったかくて気持ちが良い。
こんなに丁寧にキスをするなんて何年振りだろうか。
スイッチが入ってしまった剛くんがそれを深いものへと変えていく。
もっともっとたくさんキスをして、剛くんのことで頭の中をいっぱいにしてほしい。
指を絡めてお互いの酸素を奪い合うかのように唇を合わせてそのことに夢中になっている間、私のスマホがテーブルの上で鳴った気がした。
もしかしたら雅紀かもしれない。
剛くんの動きが止まる。
乱れた前髪から覗く目がとても色気があって、背中からぞくぞくとした。
「いいの?鳴ってたけど」
「うん……大丈夫」
「へぇ」
意味深な納得の仕方にもしかしたら剛くんは全部気付いているんじゃないかって思ってしまう。
左右逆につけている同じピアスが視界に入った。胸がしめつけられる。
剛くんの首に腕をまわしてぎゅっとしがみつきながら、気の済むまで何度も何度も揺さぶられ続けた。
2017/10/6 18号